最終回:ただ者ではなかった“怪童”
激動の2021年、プロ野球はヤクルトの日本一で幕を下ろした。
11月27日、寒風吹きすさぶほっともっと神戸の気温は6度。5時間に及ぶ熱戦は延長戦に突入し、時計の針は23時を回っていた。
前年最下位同士の日本シリーズが史上初なら、全6試合が2点差以下。1点差が5試合というのも史上初のこと。記録にも、記憶にも残る名シリーズだった。
ほんのわずかな差が明暗を分ける。ヤクルトではシリーズMVPに輝いた中村悠平捕手の活躍が光ったが、今回は村上宗隆の存在感を取り上げたい。
全6戦で23打数5安打。打率.217の2本塁打、3打点という数字は正直物足りない。だが、それでも本塁打と打点はチームトップタイ。この両部門に限れば、相手の4番・杉本裕太郎もしのいでいる。
このシリーズでは、ヤクルトの5番に入ったドミンゴ・サンタナが良い場面で本塁打を放っているが、これも4番に座る村上への警戒感が生んだものという解釈もできる。
第3戦ではこんなシーンもあった。1点差の9回二死二塁の場面で、ヤクルトは3番の吉田正尚を敬遠。4番・杉本との勝負を選択し、一ゴロに料理して逃げ切っている。
短期決戦において、チームの主軸である3番・4番が徹底マークされるというのは前回も記したが、それだけゲームを左右する立場にあるということ。
存在感、警戒感、そして威圧感…。ツバメの4番はやはり、ただ者ではなかった。
21歳とは思えぬ振る舞いの数々
このオフ、DeNAのルーキー・牧秀悟が村上についてこのように述べている。
「あの若さで、ピンチになるとマウンドに行ってピッチャーを激励している。なかなかできることじゃないですよ」。
また、7月の阪神戦(神宮)では、信じがたい行動も目にした。
阪神の攻撃中、二塁走者の近本光司がしきりに左手を動かし、打者にコースを教えているようなしぐさを見せると、すかさず村上が塁審に抗議。
これに怒った阪神ベンチは「ごちゃごちゃ言うな!」「絶対やってへんわ!」と語気を荒げたが、村上はベンチをにらむように向かって行く構えを見せる。
周囲の静止と、審判を含めた話し合いの時間が設けられたことで事態は収まったものの、その21歳の若者とは思えぬ振る舞いに、改めて村上の度胸と気迫が際立ったシーンだった。
記録ラッシュの歩み
プロ1年目の2018年、プロ初打席で初本塁打。以来、村上が打てば記録がついてくる。
2年目には38本塁打を放ち、高卒2年目として中西太(西鉄)に並ぶ日本記録を樹立。3年目には最高出塁率で初タイトルも獲得すると、オフの契約更改では年俸が1億円に到達した。これは田中将大とダルビッシュ有に並ぶ史上最速タイの記録である。
そして今季は、21歳と7カ月で史上最年少の通算100号。本塁打王のタイトルを岡本和真(巨人)と分け合った。
文句なしでセ・リーグのMVPにも選出され、野手における21歳でのMVP獲得は1994年のイチロー以来という年少記録だった。
過去の例を見ても、1年限りの活躍で終わる選手は数多くいても、3年連続でハイレベルな成績を残す選手は、ほぼスーパースターの仲間入りを果たしている。
12球団を見渡してみても、最も三冠王に近いと言えるこの若者が、この先どんな怪物に進化していくのか…。興味は尽きない。
「まだ上を目指せる」
そんな村上が、日本一を決めたその瞬間、人目も憚らずに泣いた。
「うれし涙ってしたことないんですけど、こういう感じなんだって。プレッシャーがすごくて、終わった瞬間にほどけた」
日本シリーズという特別な舞台で、4番に立ち続けて頂点を掴むことが、どれだけの重圧だったか。それをはねのけた時、特別な感情に襲われたという。
野球の申し子と言ってもいい。プロ入り後に捕手から三塁へ転向。人一倍ノックを受け続けた。
右から左まで広角にアーチを架けられるのは、リストの強さとスイングスピードを磨いてきたから。ベンチに戻っても、誰よりも声を枯らしている。
何より、この男には「驕り」がない。一直線に前を向いている。
「今年はある程度満足のいく成績を残せたが、まだ上を目指せる」と、来季に掲げる目標は「3割・40本・100打点」。
もちろん、チームの連覇も忘れない。
セ・パの代表が雌雄を決する頂上対決。ヒリヒリするような緊張感を経験することで、選手はまた成長する。21歳の村上ならなおさらだ。
うれし涙の先に、規格外の男はさらなる規格外な夢を描いているに違いない。
もう2022年シーズンが待ち遠しい。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)