「相棒」との決別
曇天のまま耐え、最後まで雨は降らなかった。
今年は違う──。タイガースの青柳晃洋の投球を見て感じたのは「(雨が)降らずに良かったです」と口にした「雨男」返上だけではない。
昨年、最多勝と最高勝率の投手二冠に輝いた右腕は向上心を胸に、更なる進化を遂げるべく腕を振っていた。
沖縄・宜野座村野球場で行われた中日との練習試合。
先発マウンドに上がった背番号50は、幾つかの"実験”を試みていた。
「スライダーとツーシームは1球も投げていないですね」
ひとつは「相棒」との一時的な決別だった。
配球の中心となる変化球2球種を、あえて封印。自身を苦しい立場に追い込んで、打者と対峙していたのだ。
「僕の主となるボールなので。正直いつでもストライクを取れるという自信もありますし、打ち取る自信もある。それを抜きにしたときに他の球種でストライクを取らないといけないところだったり、僕の真っすぐだとそんなに速くもないので、しっかりコースに投げないといけなかったりとか」
長いシーズンで調子の浮き沈みは必ずやってくる。事実、昨年は8月下旬から1カ月間、勝てない時期があった。
1球の“成功体験”がシーズンに生きる
そんな時に新たな引き出し、投球の幅が救いの手を差し伸べてくれる。
ローテーションの中心を担う強い自覚からくる取り組みだった。
実験の成果は確かにあった。
スライダー、ツーシームを消した代わりに駆使したのは、110キロ台のカーブと昨年は投げてこなかったチェンジアップ。
「カーブでカウントを取れたことが凄く大きなこと。スライダーありきではなくて、他の球種から入ることによってスライダーが生きてきたりとかもある」と収穫を強調した。
チェンジアップは左打者対策としてシンカーを習得したため、昨年の配球には入っていなかったボール。
ただ、今年はシンカーにも他球団の打者が対応してくることも想定して試投したという。
初回、二死から対峙した山下を捕ゴロに仕留めたのは125キロのチェンジアップ。
投げたのはこの1球だけだったが“成功体験”を得たのはシーズンに生きそうで、「緩急という部分では有効なボール。1球投げて、その1球がストライク(ゾーンに)入ったのが収穫」とうなずいた。
「意図通り」フライアウト増
球種だけでなく、この日は高低の“自己破壊”にも着手。
初回、先頭の左打者・岡林を2球で追い込むと、捕手の坂本は中腰で内角高めにミットを構えた。
結果、145キロの直球で左飛に封じた1アウトには大きな意味があった。
「青柳イコール低めに来るというのは全球団分かっていることなので、目線を変えるのもそうですし。フライアウトが多くなりましたけど、意図通りで良かったかなと思います」
青柳=ゴロ投手のステレオタイプにも手を加えようとしていた。
結果は2回1失点でも中身は濃く、得たものは少なくない。
「キャッチャーもその2球種(スライダー、ツーシーム)がなかったら結構しんどい。普段やっている配球と違う配球になるので、バッテリーですごく考えられた試合になった。すごく勉強になって良かった」
もっと勝ちたい、もっと高みを目指したい──。
青柳が猛虎のエースに化けるための、36球の大実験だった。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)