エースを驚かせた1球
投げるたびに価値が上がる。どこまで成長するのか。中日・髙橋宏斗が7月29日、後半戦開幕となった広島戦(マツダ)で8回一死まで無安打無失点投球を演じた。
小園に外角低めボール球のフォークを中前に落とされて偉業は持ち越しとなり、ここで降板。与四死球2、被安打1、球数110。打線の援護を受けて3勝(4敗)を手にした。
ファンの心をつかむと同時に、エース大野雄大も唸っていた。
8月2日からのヤクルト3連戦(神宮)での登板が濃厚なため、ナゴヤ球場で残留練習。トレーニングを終えると自宅へ帰宅。19歳のマウンドさばきに目を凝らした。
「ホンマにすごいですよね。見ていて『これはやるかも』と思った瞬間があるんです」
2019年にノーヒットノーランを達成したエース左腕。気になったのは7回、先頭に米国帰りの秋山を迎えた場面だった。
「ノーツーになったんです。3球目、木下のサインに首を振りました。何を投げるんかな、と思ったら落ちるボール。19歳ですよ?普通は真っすぐですよ。フォークでカウントを取った。次はインハイの真っすぐで空振り。カウント2-2にして、最後は空振り三振。これはすごいですよ」
2ボールは、まず初球のスプリットが抜けた。2球目は低め154キロでボール。
先頭打者に四球は与えたくない。だから、セオリーは真っすぐ。投手は空振り、もしくはファウルを狙い、打者は1、2の3で振りに来る。
その場面で捕手のサインに首を振り、落ち球を選択したのが19歳にすごみを感じた場面。真っすぐと変化球、ともに自信を持って投げられている証拠だと映った。
速球の日本人最速記録も更新
結果は「あと5人で惜しかった」というピッチング。19歳11カ月。もし偉業を成し遂げていたら10代では4人目。1950年の2リーグ分裂後、過去3選手は、1951年の金田正一(国鉄/18歳1カ月)、1967年の堀内恒夫(巨人/19歳8カ月)、1987年の近藤真一(中日/18歳11カ月)だった。
球速はすでに、球団の“和製速球王”の肩書きを得ている。7月7日のDeNA戦(横浜)では158キロをマークした。
球団最速は161キロ。これは、絶対クローザーのライデル・マルティネスが2020年にマークしている。
日本人に限れば、壁は157キロだった。1990年に前監督の与田剛が記録した。並んだのは、2011年の浅尾拓也、2014年の福谷浩司。これを高卒2年目右腕が塗り替え、後の投球でも速球は150超を連発している。
後半戦白星発進の立役者となった高橋宏は、お立ち台で笑顔を浮かべた。
「真っすぐの強さとスプリットの落ち具合が良かったです。前回登板から時間をもらって、良い調整をできていました。万全の状態で試合に入れました。しっかり投げれば、攻撃にも良い流れをもっていけると思います。後半戦始まって、良いスタートが切れました。明日からは勝利を応援し、自分は良い準備をしていきたいです」
中10日のマウンドだった。首脳陣は才能を理解し、ケガのリスクを抑えながら成長をうながしている。
中日に高橋宏あり。2012年以来、10年ぶりCS進出を狙うチームに大きなインパクトを与え続ける。
文=川本光憲(中日スポーツ・ドラゴンズ担当)