阪神投手陣の「名場面・3選」
2022年シーズンのタイガースはレギュラーシーズン3位、クライマックスシリーズではファーストステージこそ勝ち抜いたが、ファイナルステージでスワローズに屈して敗退と悔しい1年に終わった。
それでも、チームとしては開幕9連敗からの怒濤の巻き返しなど見せ場を作り、個人に目を向けても多くの若手が躍動した。
ここでは、主に投手担当として取材してきた筆者が「3大ニュース」として記憶に残る取材を振り返る。
才木が“有言実行”で涙の復活
開幕前の3月。二軍の鳴尾浜球場で、まだ背番号が121だった才木浩人は宣言していた。
「(復活勝利したら)絶対泣くなぁ。イメージはできてるんです」
2020年11月に受けた右肘のトミージョン手術を経て、今年は一軍昇格を見据えていた。
それから4カ月。7月3日のドラゴンズ戦で5回無失点の快投を披露し、1159日ぶりの白星を挙げた。
試合後のヒーローインタビューでは“宣言通り”の号泣。支えてくれた両親、リハビリをサポートしてくれたトレーナーら周囲への感謝が口をついて出た。
何より、マウンドで力の限り腕を振れる幸福をかみしめていた。
手術後よりも、痛みを抱えて投げていた手術前のほうが「きつかった」と明かす。
「朝起きて右手を使ったらもう痛い。朝起きて、治ってないかなとか毎日思ってました」
まさに地獄からの生還だった。周囲が心配するほどのハイペースでリハビリをクリアしていき、復帰後も中10日の登板間隔だったとはいえ、シーズンを一軍で完走。いま思えば、あの日流したのは「嬉し涙」の要素も多分に含まれていた気がする。
“空気人間”だった浜地の大ブレイク
取材ノートに記したあの言葉が、浜地真澄の原動力だった。
「一軍に1週間いてもボールに触る機会すら一度もなかったり、ブルペンで座ったままで準備したりすることも全くないまま終わったり……。本当に悔しかったですね」
居場所を確保しつつあったシーズン中、一軍で4試合登板に終わった昨年を振り返る表情は険しかった。
「今年ダメだったら終わると思っていた」。危機感十分に臨んだ1年だった。
キャンプ中にフォームを崩し、マイナスからのスタート。それでも「最初から人に聞くことはしたくない」と失敗を恐れない“実験思考”を備える研究家は気持ちを切らさず、トライアンドエラーを繰り返して新フォームを作り上げた。
一軍にいても出番がやってこなかった若虎が見せた意地。向上心の塊は、更なる進化を見据えている。
岩崎“終わりの始まり”のFA残留
今年4月に国内フリーエージェント権を初取得。去就が注目された岩崎優は、10月24日に権利を行使しての残留を表明した。
「阪神に必要としてもらった」と宣言期間に突入する前に決断。「このチームで優勝したい気持ちが一番」と、プロ9年間で未経験のリーグ優勝への熱い思いを吐露した。
貴重な左のリリーバーで、今季は球団左腕の最多を更新する28セーブをマーク。4年総額8億円の契約を提示した球団の熱意は伝わってくる。ただ、本人は大型契約に一段と気を引き締めることを忘れなかった。
「この4年でダメだったら、やめないといけないと思っているので。そういうことだと思う」
安泰ではなく、“終わりの始まり”にもなりかねない4年という認識だ。
来季のポジションは決まっていないものの、チームが優勝するためにいかに貢献できるか──。
これからの4年間を測る“物差し”は自分の中で決まっている。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)