第4回:日本一と世界制覇という困難なミッションに挑む吉井新監督
野球界は3月に行われるWBC(ワールドベースボールクラシック)の話題で持ち切りだ。
大谷翔平(エンゼルス)やダルビッシュ有(パドレス)さらには鈴木誠也(カブス)に、レッドソックスに入団が決まったばかりの吉田正尚選手らのメジャーリーガーに、村上宗隆、山本由伸、佐々木朗希選手など、いずれ劣らぬスーパースターが日の丸の下に集結。日本国内で行われる第1次ラウンドと準々決勝を勝ち抜ければ、米国に渡って世界一奪取の頂上決戦が待っている。
そんな侍軍団で「時の人」となっているのが吉井理人投手コーチだ。
ロッテの新監督でありながら、侍ジャパンでは投手コーチを拝命。年明けからはロッテの事より、日本チームの投手陣を預かる立場に質問が集中するのもやむを得ない。
投手コーチとしての実績は文句なし。日本ハム時代にダルビッシュと大谷を育て、ソフトバンクでは千賀滉大投手をエースとして抜擢、ロッテでは佐々木朗に英才教育を施して来た。侍ジャパンの栗山英樹監督が投手陣の番頭役を要請したのも必然である。
一言で代表チームのコーチと言っても、その重圧は計り知れない。
世界一奪取を公言する中で、短期決戦では投手陣の働きが成否を分けるケースが多い。しかも、教え子たちが中心のスタッフながら、今ではそれぞれの立場が違う。万が一に故障でも起こせば、選手生命にもかかわって来る。
WBC事務局では、メジャーリーガーの出場期間を本大会からの限定として、それ以前のキャンプや強化試合には難色を示していると言われる。もしもの場合の保険金問題まで話し合われている。複雑な「縛り」の中で、栗山ジャパンは選手の一部入れ替えなども検討。投手コーチとしては何通りもの起用法を考えなければならない。
先日、ラジオ番組に出演した吉井「コーチ」は、個人的見解としたうえで準々決勝を最重要視して、ダルビッシュと大谷を併用。準決勝以降は山本と佐々木朗に先発を任す私案も明らかにしている。しかし、これさえも本人たちの調整度次第だから、まだまだいくつものオプションを用意していくことになる。
名伯楽の指導理念は「選手と指導者は対等」と言うもの。上から目線で指令を出すだけでなく、納得いくまで話し合って方向性を導き出して来た。それが、ともすれば投手寄りと言われ、時の監督と衝突する場面もあった。しかし、ロッテでは佐々木朗を入団直後から体力づくりに専念させて、エースの階段を着実に登らせている。こうした手腕が新監督誕生につながったはずだ。
投手出身監督としての手腕に注目
昨季、5位に終わったロッテは井口資仁監督が最終戦を前に突如辞任を表明して大混乱に陥った。一説には監督の出身校である青学大OBや前所属のダイエー出身者でスタッフを固めたことで組織が硬直化、危機感を強めた球団側が改革に舵を切ったとも言われる。突如の指名であることは「ただただ驚いた」と言う吉井新監督の就任発表の第一声からもうかがえた。
投手コーチとしては第一人者と誰もが認めるが、指揮官としては未知数の旅が始まる。
今後の吉井監督のスケジュールを見れば2月1日からは沖縄・石垣島でキャンプイン。通常なら2月一杯のキャンプ期間を経て、オープン戦でチーム作りを本格化させて開幕を迎える。だが、侍ジャパンのコーチとして2月17日から強化合宿が始まり、順調に決勝まで勝ち進めば日本時間3月22日まで渡米。日本野球の開幕が3月30日だから自チームの目配りはほとんど出来ない。チームでは、今季からヘッド格に福浦和也、投手コーチに黒木知宏氏らが就任。監督不在の間はネットなどを駆使して意思の疎通を図るとみられる。
投手出身の監督で、吉井と同じくコーチ時代は首脳陣とも衝突しながら信念を貫いて日本一まで駆け上がったのは元横浜の権藤博氏が有名。最近ではセリーグ連覇の高津臣吾監督も選手と寄り添う指導者として知られる。
だが、コーチなら監督に進言の立場だが、監督となればあらゆる場面で決断が求められる。時には選手に対して非情にならなければならないことも出て来る。このあたりの難しさをルーキー監督はどう克服していくのか、注目だ。
コーチから監督。そして監督からコーチ。今季の吉井理人は二足のワラジを履かなければならない。
春に歓喜、秋に美酒となるか。ユニークな指揮官が間もなく発進する。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)