コラム 2023.10.12. 12:03

「成功するか分からなかった」…それでもスモールベースボールにこだわった馬淵史郎監督の想い

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侍ジャパンU-18代表を率いた馬淵史郎監督

悲願のW杯初優勝


 9月に台湾・台北市内で開催された『第31回 WBSC U-18ベースボールワールドカップ』(W杯)で、侍ジャパンU-18代表が初の世界一に輝いた。

 勝因の一つには、馬淵史郎監督(明徳義塾)が掲げたスモールベースボールの徹底にあった。打者が出塁すれば犠打を重用し、相手の守備の隙を突き、得点を重ねた。

 トップチームの日本代表が、王貞治監督のもとでスモールベースボールを掲げてWBCを優勝したのは06年大会だった。それから17年が経ち、今年3月のWBCでは大谷翔平や吉田正尚らを中心に長打力でも世界と互角に戦えることを示した。


 その同じ年になぜ、馬淵監督はスモールボールベールにこだわったのか──。現地台湾で書き込んだ取材ノートを今一度見返してみたい。

 開幕の9日前に発表された日本代表メンバーを見れば、「スモール」にこだわることは一目瞭然だった。高1から高校四天王と呼ばれ、世代を代表するスラッガーの花巻東・佐々木麟太郎、広陵・真鍋慧、九州国際大付・佐倉侠史朗を3人とも招集しなかったからだ。

 日本代表の選手20人を発表した日本高野連の広報リリースには、馬淵監督のコメントが記載されている。

 「昨年ワールドカップを経験させてもらい、改めて日本の勝機は投手を中心とした守りと走力を最大限活かした緻密な野球の実践にあると実感しました。日本のマナーや野球への取り組み方を世界に発信していきたい。短期間でチーム力を上げるため、選手と積極的にコミュニケーションを図り、スタッフ、選手が一体となり、全国の野球部員を代表し戦うという誇りを持って大会に臨みます」


 「改めて」日本の勝機は〜とある通り、馬淵監督は就任当初からスモールベースボールを武器に戦うつもりだった。

 高校日本代表の監督就任を要請された際、馬淵監督は真っ先に「スモールベースボールをやってもいいですか?」と問うた。

 チーム方針を掲げた上で「足が速く、守れる選手を集め、どれだけ世界と戦えるのかを示したい」と守備力の高い選手を中心に選手選考を進めた。


「高校野球の代表として」


 トップチームとU-18との最大の違いは、野手が木のバットに慣れていない点にある。

 馬淵監督が「スモールベースボールというのは、バントやスクイズばかりをすると思っていたら大間違い。打つべきときは打つ。ただ、150キロを超える投手から木のバットで打てと言っても打てない。勝とうと思ったらスクイズとかバントしかないわけです」と言及したように、長距離打者がU-18・W杯で本領を発揮することは難しいと考えていた。


 加えて、甲子園に春夏通算37度出場した監督には、伝統的な日本の高校野球の力を世界に示したいとの思いが強くあったように思う。 

 大会期間中の取材では、「高校野球の代表として……」と口にすることが何度かあった。世界一になった直後には、「たとえば、県立の公立でも、こういう野球をやれば、強豪に勝てるんだよと示せたのではないか。甲子園に出たことのない高校が、そういう選手しか集まらないときにどうやって勝つか。ある程度の見本になったという自信はあります」と胸を張った。

 確かに米国や台湾などの強豪国には、日本人選手よりも速い球を投げる投手や長打力を武器とする打者が何人もいた。その相手に勝つためにたどり着いたのが、馬淵監督が言うところの「県立高校の野球」だったのだ。

 さらに、守備力で日本に勝る国がなかった。そのことが日本のスモールベースボールをより効果的にしたと言える。


 典型的な例が台湾との決勝戦にあった。

 0-1の4回一死一・三塁で高中一樹(聖光学院)が投手前へのスクイズを決めると、投手の一塁送球が逸れた。その間に一塁走者までもが一気に生還して逆転に成功した。

 相手先発の孫易磊(スン・イーレイ)は、今大会中に156キロを計測した大会屈指の右腕だった。

 苦戦が予想された通り、計2安打しか打てず、とても攻略できたとは言えなかった。それでも、スクイズで奪った2点だけで逃げ切った。


 対照的に、日本の守備は鉄壁だった。

 9試合で3失策のみ。これはオランダに並ぶ最少だった。堅守の背景には、打てる手を全て打つ馬淵監督の執念があった。

 当初、三塁手は4番も務めた森田大翔(履正社)で固定するはずだった。しかし、大学日本代表との壮行試合(東京ドーム)で失策を犯すと、本大会では6度の先発出場のうち三塁は1度、DHで5度と起用法を切り替えた。

 加えて、遊撃が本職ながら三塁の代役を務めた山田脩也(仙台育英)や中山優月(智弁学園)らが適応力の高さで見事にカバーした。馬淵監督は、たった一度のミスも見逃さずに世界一へとつなげたのだ。


 「スモールベースボールを掲げて成功するか分からなかった。だけど、高校野球の代表選手が、ああいう野球をやれば、世界的に通用することを示せたことは本当に良かったと思います」

 犠打をし、相手の守備の隙を突きながら得点を重ねる攻撃は、育成段階のアンダーカテゴリーならではの戦い方だったかもしれない。それでも、これほどまでに守備が堅く、小技を確実に決められる国が日本以外になかったことは揺るぎない事実だ。

 馬淵監督が掲げたスモールベースボールを完遂することは容易ではなかった。極限の緊張状態で役割を全うした選手20人が素晴らしかった。


文=河合洋介(スポーツニッポン・アマチュア野球担当)
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