コラム 2023.12.04. 20:13

心温まる「フィールドオブドリームス」【白球つれづれ】

無断転載禁止
自身が建設した野球施設の竣工式で始球式をする筒香嘉智 (C)Kyodo News

白球つれづれ2023・第49回


 野球界に素晴らしい話題が飛び込んできた。

 元DeNAで、メジャーリーガーでもある筒香嘉智選手が2日地元・和歌山で新球場を建設、その竣工式と施設お披露目会が開かれた。

「TSUTSUGO SPORTS ACADEMY」と名付けられた施設はメイン球場が両翼100メートル、中堅120メートルの本格的なグラウンドに、サブグラウンドや室内練習場も完備する。総工費約2億円は筒香の自費。生まれ故郷の橋本市の子供たちで編成する「和歌山橋本Atta Boys」らを中心に未来のメジャーリーガーを育てていきたいと言う壮大なプランだ。

 かねてから日本野球の発展に声を上げ続けてきた筒香は“選手ファースト”の指導と育成の必要性を説く。

「最終的には自分の決断で、自分がやった方がいいなと。未来ある子供たちを生かすのも大人。潰さない指導をしていきたい」と語り、「野球選手になる事がゴールではない。いろいろな仲間と素晴らしい社会にしていく土台作りが出来る場所にしたい」と人間形成の場とする必要性も強調した。

 筒香自身は今、野球人生の岐路に立たされている。

 4年前にメジャー挑戦を決意したが、その歩みは苦労の連続。今季だけでも春先はレンジャーズの招待選手としてキャンプに参加するが、メジャー昇格はならず。6月には米独立リーグでプレー、その後ジャイアンツとマイナー契約を結び昇格のチャンスを待ったが3Aのままシーズンを終えている。

 米国での挑戦を諦めて、日本に帰国を決断すれば主砲として迎え入れる球団もあるだろうが、筒香本人はまだ、夢を追い続ける。どんな逆境に立っても決してあきらめない生き様もまた、子供たちへのメッセージになると信じている。


スポーツの持つ素晴らしさや可能性


 “筒香球場”は、米球界の伝説ともなっている「フィールドオブドリームス」に通じるところもある。

 1960年代の米・アイオア州で農場を営む主人公は、ある日、トウモロコシ畑で謎の声を聞く。「それを作れば彼がやって来る」。

 彼とは1919年に無実の罪で野球界を追放された“シューレス”ジョー・ジャクソンのこと。そこで野球場建設を決意すると、球場には伝説の名選手たちがトウモロコシ畑から姿を現し、試合を行っていると言う夢物語だ。

 野球を愛する心、情熱は映画化されて世界中で反響を呼ぶ。MLBもこれに着目して2021年から、舞台となった同地で公式戦を開催。昨年はカブス対レッズ戦が行われ、カ軍の鈴木誠也選手が日本人初のプレーヤーとなった。

 日本では栗山英樹前日本代表監督が居住する北海道・栗山町に野球場を建設、「和製・フィールドオブドリームス」として話題を呼んだことがある。


 もう一つの「フィールドオブドリームス」は先月29日から甲子園球場を中心に行われた「あの夏を取り戻せプロジェクト」である。

 コロナ禍の2020年は夏の全国選手権大会が中止。憧れの甲子園を夢見た球児が叶わぬ夢に涙した。あれから3年。今や大学生や社会人となった元球児たちに「不完全燃焼で終わったあの夏に終止符を打つため、甲子園の地で試合開催を」と発起人である大武優斗さんらが全国の選手に呼びかけて夢の大会が実現した。

 賛同校への説明、移動宿泊費の捻出など多くの難問を抱えながらプロジェクトの情熱が各方面に共感を呼び、古田敦也元ヤクルト監督、矢野燿大前監督らプロ球界からの協力に、賛同企業、クラウドファンディングなどで資金を集めて開催にこぎつけている。

 本番さながらの組み合わせ抽選や晴れの入場行進も行われ、聖地での特別試合として佐久長聖(長野)対松山聖陵(愛媛)などの特別試合が行われた。参加42校は甲子園以外でも兵庫県内で“あの夏”を取り戻した。

 話は若干、横道にそれるかもしれないが、このオフには大谷翔平選手からサプライズなプレゼントもあった。全国の小学校に6万個の野球グローブが贈呈されるというビッグプロジェクトだ。「野球をやろうぜ!」のメッセージは未来の高校球児やプロ野球選手にもつながっていくだろう。

 世界中の注目を集める大谷から、もがき苦しみながら夢を追い続ける筒香。そして、名もない元高校球児が中心になって立ち上げた新たな甲子園物語。

 せちがらい世の中や暗い話題も多い中で、スポーツの持つ素晴らしさや可能性まで再認識させられる。ちょっと心温まる師走である。


文=荒川和夫(あらかわ・かずお)
ポスト シェア 送る

もっと読む

  • ALL
  • De
  • 西