白球つれづれ2019~第45回・ポスティングによるMLB挑戦
広島は今月8日、菊池涼介のポスティング制度を利用したメジャー挑戦を容認することを発表した。
今オフの大リーグ挑戦は、筒香嘉智(DeNA)、秋山翔吾(西武)に次いで3人目だが、守備の職人として鳴らした菊池も来季は30歳。かねてから「野球をやっている以上、トップのレベルでやってみたい」と昨オフにはポスティングでの米国行きを球団に直訴している。これに対して球団オーナーの松田元も「本人の気持ちを尊重してやりたい」と送り出す決意を固めたものだ。
今後、米球団との交渉が不調に終わった場合にはカープに戻る道も残されたが、近年は米球団の日本人選手への獲得調査は進んでいる。2020年はメジャーリーガー・菊池として注目を集めていることだろう。
さまざまな障壁も
もっとも、菊池の夢は必ずしもバラ色とばかりは言えない。迎える大リーグ側の事情もあるからだ。日本一の二塁手として米側でも「忍者」のニックネームで知られる名手だが、今オフのメジャーリーグでは二塁手のFAが活発。ツインズのスクープ、ナショナルズのケンドリックス、マーリンズのカストロなど実績も知名度もある選手の動向によってチーム編成は大きく変わる。つまり、彼らの去就によって菊池の所属球団も影響を受ける可能性が高い。
現時点では、アスレチックス、インディアンス、オリオールズやダイアモンドバックスらの複数球団が菊池獲得に興味を持っていると現地でも伝えられているが、こうした複雑な事情を踏まえると、決定まではかなりの長期戦となりそうだ。
さらに、最近のメジャーでは野球の風土そのものが変わってきているのも気がかりとなる。打球の角度を上げることで本塁打を量産する「フライボール革命」が進み、今季のメジャーリーグでは史上最多6776本のアーチが乱れ飛んだ。昨年比で1083本も増えているのだから異常と言えるだろう。こうなると、多少の守備難に目を瞑ってでも長打力のある選手を起用したがる。
今では二塁手でも20~30本塁打を記録する選手は多い。菊池の場合は今季の打撃成績は打率.261で13本塁打、48打点、14盗塁。決して長打力のある打者ではない。過去にメジャー挑戦した日本人内野手は、松井稼頭央や井口資仁ら8人を数えるが、国内より数字を伸ばした選手は一人もいない。
そう考えると、菊池の場合は文句なしの守備に加えてバントやヒットエンドランなどのスモールベースボールに理解のある球団、指揮官の下で働くのが成功の絶対条件となるだろう。
気になる広島のこれから
広島にとっても苦渋の決断だったことは容易に察しが付く。昨年までのセ・リーグ3連覇は田中広輔、菊池、丸佳浩(現巨人)の「タナ・キク・マル」があってこそ。打撃だけでなく二遊間と中堅という鉄壁のセンターラインは他球団の追随を許さなかった。
しかし、昨オフに丸がFA権を行使して巨人へ移籍、今季は絶対的なリードオフマンだった田中が不調とヒザの故障で戦列離脱、そしてチームはBクラス転落の末に菊池のメジャー行きとなれば、一つの時代が終わりを迎えたとも言える。
広島という球団は親会社を持たない市民球団である。近年でこそカープ人気と新球場建設などで収益は大幅に改善されたが、過去には高年俸の選手を放出せざるを得ない「負の歴史」もあった。川口和久、金本知憲、新井貴浩、大竹寛らの名前が浮かぶ。
黒田博樹や前田健太はメジャーの門を叩いた。黒田の抜けた穴は野村祐輔が埋め、前田の代わりは大瀬良大地が果たした。しかし、この7年間ゴールデングラブ賞を独占してきた菊池の穴は容易に埋まらない。チームでは田中が復活した場合には小園海斗の二塁コンバートや、逆に田中を二塁に回す腹案もあるようだが、若手の台頭が望まれる。
スーパーラウンドに突入した「プレミア12」の野手陣では、広島勢の活躍が光っている。菊池の巧打に4番・鈴木誠也の勝負強さ。その鈴木がシーズン当初不振に陥った原因を後に語っている。
「新井さんがいなくなり、丸さんが移籍して自分がやらなければと意識過剰になった」。苦悩の末に、立ち直って首位打者となった主砲だが、来季はまた菊池の穴と戦うことになると、赤ヘル党にはちょっぴり憂鬱な秋である。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)