第3回:シンデレラボーイ
侍ジャパンが世界一の座を手に入れた。
17日に行われた「プレミア12」決勝は宿敵・韓国との戦いとなったが、息詰まる接戦を制して監督の稲葉篤紀が男泣き、五輪とWBCを含めた大きな国際試合では2009年の第2回WBC以来10年ぶりの快挙だから、来年の東京五輪に向けて弾みをつけた格好だ。
大会前から前巨人で元大リーガーの上原浩治らが指摘していたように、今大会の出場チームを見ると各国共にバリバリのメジャーリーガーの出場はなく、日本と韓国の力が抜けていた。その両国の決勝はある程度、予想されていたが、やはり日韓戦に勝つと負けるとでは大違い。そこで競り勝ったことに大きな意味がある。
大会を総括した稲葉は最大の収穫を「抑えの方程式の確立」とした。セットアッパーに甲斐野央(ソフトバンク)と山本由伸(オリックス)が控え、守護神として山崎康晃(DeNA)が危なげなく逃げ切る。韓国戦でもこのトリオで7回から無安打4奪三振の圧巻投球だから、指揮官はこの先の戦いにもゆるぎない自信を得たに違いない。
その中でも、チーム関係者を驚かせたのがルーキー・甲斐野の存在感だ。今大会、5試合に登板して5回を被安打ゼロの7奪三振、しかも2勝0敗とチームに流れをもたらしている。打の鈴木誠也(広島)と並んでMVP級の働きと言っていいだろう。
代役から不可欠な存在へ
侍ジャパンの監督として稲葉は、時間の許す限りライバル国を視察し、国内チームを訪ねて各選手の可能性をチェックしてきた。それでも甲斐野が最初から代表入りの考えはなかった。当初のプランでは山本、山崎の二人にパのセーブ王・松井裕樹(楽天)を加えた抑え構想が描かれている。ところが直前になって松井が肘の張りを訴えて出場を辞退、急遽、代役としてスーパールーキーに白羽の矢が立った。
シーズンの数字だけを見れば先輩たちに見劣る。65試合に登板して2勝5敗8セーブ、26ホールド。防御率は4.14だ。それでも夏場には調子を落としたストッパーの森唯斗に代わって抑えを任されるなど徐々にチームの信頼を勝ち取っていった。何より特筆すべきは新人でありながら、ペナントレースの長丁場を投げ切り、さらにクライマックスシリーズ、日本シリーズと極限の舞台で結果を残して来た肉体の強さと精神力である。
「緊張で吐きそうになった」と甲斐野は日韓戦の後に語っているが、その投球はすでにプロで4~5年を経た強者のように落ち着いていた。160キロに迫る剛速球に加え、伝家の宝刀であるフォークボールの球速も140キロ台を計測。制球も申し分なく、今大会のピッチングを見る限りは山崎、山本と何ら遜色ない。むしろ、それ以上の可能性を秘めていると言っても過言ではない。代役から主役へ。まさに今大会最大の「掘り出し物」と言われる所以である。
「腕が強く振れるからボールに力がある。フォークはストレートと同じ軌道から落ちて来るのでバッターとしては本当に厄介な投手でしょう」と、初めてバッテリーを組んだ会沢翼(広島)も手放しで賞賛する。
国際試合では打者はデータ不足の相手と対峙するため、それほどの連打、猛打は期待できない。そこから逆算すれば、接戦をモノにする決め手はそつのない攻撃と強力な投手陣に行き着く。現時点の甲斐野を評価するなら、チームに戻っての森や代表の山崎らに比べて修羅場をくぐっている回数が少ない分、セットアッパーの役割に落ち着く。しかし、伸び盛りの23歳がさらに凄みを増せば周囲の見る目も変わって来る。
シンデレラボーイは近い将来、日本代表の絶対的守護神にまで上り詰めるだろう。ジャパンを率いる稲葉にとっても、今や必要不可欠なピースとなった。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)