上富田から踏み出す9年目の第一歩
一塁ベンチ前に置かれた大きなドラム缶には、早朝から火が焚かれていた。
太陽がずっと顔を覗かせていても冷え込むのは、球場裏の山から吹き下ろす風のせいだろう。
和歌山県上富田町にある「上富田スポーツセンター」。タイガースの陽川尚将がこの場所で始動するのも、もう7回目だ。
「毎年こうやっていろんな方に支えられながら、素晴らしい環境を使わせていただいて感謝の気持ちでいっぱい。毎年(上富田に)来て喜んでもらえるようなそういう選手になっていきたい」
コロナ禍前には二軍の公式戦も毎年のように実施されていたほどの野球場で、今年も年明け3日から汗を流している。
今年から取り組む“地味トレ”
例年と違うのは、午前中は一切ボールやバットを触らないところだ。
ベンチからまず向かったのは右翼。ストレッチなどで準備を整えると、ポール間走が始まった。
ひと汗かくと、次はストレッチポールなどを使った体幹強化に移行。この時点ですでに練習開始から2時間が経過していた。
当然、体は完全に温まった状態。グラウンドでのメニューに移行するかと思っていると、陽川がこの日の“メイン”を口にした。
「今からヨガやります。今年から始めてるんです」
間もなく、現役のビーチバレー選手でヨガインストラクターの樫原美陽さんが姿を見せた。
右翼の芝生に敷いたマットの上で腹式呼吸をしながら、柔軟性向上に取り組むこと90分。「きついです…」と“地味トレ”に苦悶の表情を浮かべたが、今年で31歳を迎える男には意義ある時間だった。
「今年結果が出なかったら終わり」
「昨年、体を痛めたっていうところもありますし、ケガをしにくい体を作るために今年はヨガを取りいれた。自分の体っていうのは全部分からない。新しい発見ができたのは、生かせていけると思う」
2021年はシーズン通して左肩痛に苦しみ、満足いくパフォーマンスを発揮できなかった。
「インナーもやってましたけど、アウターが固まってしまった部分はある。(ヨガで)思い知ったので」
この日はヨガを始めてまだ3日だったが、これまでウエイトトレーニングなどで付ける“アウターの筋肉”を重視し、“インナーマッスル”とのバランスが悪いことを身を持って感じたという。
球場に隣接するジムに行くのは1日おき。ヨガを継続しながら、洗練された体をつくり上げていく。
フリー打撃が始まったのは、予定していた時間より1時間遅れた14時のこと。
「練習時間が長いだけでは意味ないですけど。やることはいっぱいある。その時間でどう工夫してやっていくか。濃い時間にできるように1日過ごしてやっている」と、体幹強化や体の柔軟性向上にたっぷりと時間を割き、一礼して球場をあとにしたのは夕方だった。
質・量ともにキャンプ並の濃密な日々。当然、持ち味である打撃面でのレベルアップも図っており、目線のブレを無くすべく、重心を下げたフォームに取り組んでいる。
昨年は41試合の出場で打率.174、本塁打は2本と精彩を欠いた。
プロ9年目は、「今年結果が出なかったら終わり」という背水の1年。悔いなく過ごす1月から、逆襲のシーズンはスタートする。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)