白球つれづれ2024・第48回
巨人の守護神・大勢が強い言葉で言い放った。
「クローザーの座を今から譲るつもりはありません」
今オフ、中日からライデル・マルティネス投手を獲得。今季も43セーブをあげて2度目のセーブ王に輝く160キロ剛腕に、阿部慎之助監督は早くも「8回大勢、9回マルティネス」と来季の青写真を披露したが、これに「待った」を賭けた格好だ。
こちらも常勝軍団の抑えのエースを任されて来た。入団3年で80セーブ。日本人最速の100セーブが見えている。ここは、キャンプで切磋琢磨して“職場”を決めてもらいたい、という思いだろう。
ライバル球団からすれば「掟破り」の声が上がるほど、巨人の大補強が止まらない。ソフトバンクから甲斐拓也捕手を5年以上20億円超の破格条件で獲得。さらに楽天を自由契約となった田中将大投手の入団が確実視されている。
大物たちの大補強は、来季の巨人に明るい材料となるか? 個人的には、そうとばかりには思えない。マルティネスのクローサーが確定となれば、大勢のモチベーションはどうなるのか? 甲斐が正捕手に座れば、今季活躍した岸田行倫、大城卓三捕手らの活躍の場は限られる。
大投手・田中が加わればチームの大方針である投手陣の若返りと逆行する。激しい競争社会だから、チームの底上げと活性化は果たせるだろう。だが、一歩間違えればチーム内に不協和音も生まれかねない。阿部慎之助監督のハンドリングがより一層、問われる。
久しぶりに見る巨人の大補強作戦だ。その根底には今月19日に亡くなった渡辺恒雄読売新聞グループ本社代表取締役主筆の存在がある。
98歳の大往生。「ナベツネ」の愛称で親しまれた渡辺氏は、政治記者からスタートして、時の大物政治家に食い込むと、政財界に人脈を広げ「読売のドン」として君臨する。1996年には巨人軍のオーナーに就任、スポーツ界にも絶大な影響力を持ち続けた。
元巨人代表の山室寛之氏はあるテレビインタビューで、渡辺氏の訃報に接してオーナー時代のナベツネさんをこう評している。
「野球は決して詳しくなかったが、ともかく負けず嫌いな人だった」
いささか、表現は悪いが「勝つためには何でもやる人」である。
巨人一強時代にあって落合博満、清原和博、広沢克己、小笠原道大、小久保裕紀ら各球団の主砲を次々と獲得。FA制度誕生にも影響力を発揮した。
当時の球界でマネーゲームに発展すれば巨人の独壇場。こうして巨人の常勝軍団と盟主の座は守られた。もちろん、読売グルーブとして巨人は広告塔であり、優良子会社として“ナベツネ”イズムの具現者でもあった。
しかし、2000年代に入ると球界の勢力図は大きく変わる。
西武の黄金期にソフトバンクの躍進。直近の20年を見ると日本一になった球団はパリーグが14回に対してセリーグは6回。そのうち巨人は09年と12年の2回だけだ。オーナーを退任後も“球界のドン”として君臨してきた渡辺氏が地団駄を踏んで悔しがる様子は容易に想像できる。
再び栄光を掴むため、挑んだのが今回の大補強策である。だが、一方でこのオフには阪神・大山悠輔選手や、ソフトバンク・石川柊太投手らをFAで獲得に動いたが失敗している。これもまた巨人の置かれた現状だ。
90年代には、プロ野球の1リーグ制を目指したが、選手会とファンの猛反対の前に頓挫。サッカー界でも、地域名を前面に押し出すJリーグの川渕三郎チェアマン(当時)と激しく対立するなど、良くも悪くも主役の座にはナベツネさんがいた。
その「ナベツネ遺産」とも言うべき、大補強策で日本一奪還を目指す阿部巨人。
稀代の新聞人であり、経営者だった渡辺氏の墓前に最良の報告が出来るか? チームの真価が問われる時がやって来る。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)