白球つれづれ2024・第9回
小久保裕紀新監督を迎えたソフトバンクの前評判が高い。
王者・オリックスが、絶対エースの山本由伸を欠き、昨季11勝を挙げた山﨑福也投手の日本ハムへのFA移籍もあり、戦力ダウンと見られる中、元王者の戦力充実ぶりが際立っている。評論家の中でも優勝候補の一番手に押す声は大きい。
最大の補強は西武から山川穂高選手を獲得した事だ。
初の対外試合となった24日の対台湾・楽天モンキーズ戦(宮崎)では、早くも左越えに第1号本塁打を含む2安打2打点の鮮烈デビューを飾っている。僚友の柳田悠岐選手に促されて、自慢の「どすこいポーズ」も披露。この時ばかりはスタンドからも大きな拍手が寄せられた。
3番・柳田、4番・山川に、5番・近藤健介が座るクリーンアップは12球団一の破壊力を誇る。その前後を周東佑京、牧原大成の侍ジャパン組や中村晃、今宮健太らのベテラン選手が固め、さらに復活を期す栗原陵矢や巨人から移籍のアダム・ウォーカー選手らが名を連ねる。
本塁打王3度の山川が加わることで、長打力が増し、柳田や近藤の負担も軽減される。黄金期か、それ以上の強力打線は確かに大きな変貌を遂げそうだ。
山川のFA移籍は大きな波紋を呼んだ。西武時代に女性への暴行問題で無期限の出場停止。(その後に不起訴処分)事件を起こした当事者を獲得するのはいかがなものか? さらにFAの人的補償として一時は和田毅投手が取り沙汰され、結局は甲斐野央投手が移籍するなどドタバタ劇が表面化。批判の矛先は球団会長であり、特別チームアドバイサーでもある王貞治氏にまで向けられた。
勝つことだけが唯一の免罪符となり得る
球団にとって、王会長は「神」に等しい存在である。
巨人時代の868本の本塁打世界記録の持ち主であり、球界きっての人格者。ソフトバンクの前身であるダイエー時代の低迷期から現在の強力チームを作り上げた功労者。さらに孫正義球団オーナーから絶対的な信頼を寄せられている。
そんな“ミスター・ホークス”がファンからも手厳しい批判を浴びた。この問題は今後も物議を醸すだろう。負ければ山川獲得が蒸し返されるのは必定。つまりは勝つことだけが唯一の免罪符となり得る。山川にとっても重い十字架を背負っての開幕となる。
一方で、小久保新監督はチーム再建のカギに“王イズム”の復活を提唱する。就任直後の会見で「美しい野球」を目標に掲げた指揮官は、勝負に勝つだけでなく、王者のメンタルと品性にまで言及した。
「王さんが監督の時代に、主力選手はどんな展開であれ、最後までグラウンドに立ち続けた。それがプロフェッショナルなあるべき姿」
勝利にどん欲なのは当たり前。そのうえでスター選手のとるべき姿勢までを追い求める。これこそが“王イズム”だと言う。
昨年は長髪をたなびかせていた柳田が今季は以前の姿に戻している。巨人時代はドレッドヘアーがトレードマークだったウォーカーも短髪に。これらも“王イズム”を継承する小久保流の改革なのだろう。
下位に低迷するダイエー時代の1996年、王監督はファンから生卵を投げつけられる苦い体験を味わった。今でも語り継がれる「生卵事件」だ。
この時、王さんは「我々は勝つしかない。勝てばファンも拍手で迎えてくれる」と語っている。あれから、30年近くの時が経ちその言葉が思い出される。王会長にとっても、小久保監督にとっても、そして山川にとっても、勝って初めて活路が見出される。
もちろん、山川の過去がすべて洗い流される訳ではない。それでも再出発の地に立った強打者はそのバットで日本一を目指すしかない。それが王会長への恩返しにつながるはずである。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)