巨人の新監督に就任した松井秀喜氏(写真=Getty Images)

 老舗の伝統を背負った男。いや、伝統の重みに負けなかった男が帰ってきた。

 2026年10月23日、ついに松井秀喜の第21代巨人監督就任が発表された。巨人やヤンキースの歴史ある名門球団で、日米通算507本塁打を放った栄光の背番号55は、2013年には国民栄誉賞も受賞している国民的スターだ。監督発表当日の地上波テレビのトップニュースを久々に巨人関連の話題が独占した。恐らくアンチ巨人でも、ゴジラ松井を嫌いという人は少ないのではないだろうか? 1990年代の松井は何かを象徴していた。大げさに言えば、まだメジャーリーグは遠く、毎晩巨人戦ナイター中継が高視聴率を記録していた「平成プロ野球」そのものである。

 あの頃の野茂英雄やイチローが、これまでの文脈にない新時代のヒーローという立ち位置だったのとは対照的に、長嶋茂雄監督の愛弟子にして、王貞治の55本塁打超えを託され“55番”を背負った元甲子園の怪物は、マスコミが待ち望んだ昭和の香り漂う王道スターだった。甲子園での5打席連続敬遠という漫画のようなストーリーを持ち、誰もが球界の救世主を期待した。1992年ドラフト前日のスポーツニッポン一面は「巨運だ松井 長嶋引き当てる!!」である。

 翌年に控えたJリーグ開幕や若貴フィーバーで沸く大相撲人気に対抗できる球界の最終兵器は、「長嶋・松井コンビ」しかない切実さがそこにある。プロ初の巨人宮崎キャンプには、なんと初日から266人の報道陣が集結する日本シリーズのような熱狂ぶり。並の18歳のルーキーならば取材攻勢のストレスとプレッシャーに押しつぶされていただろう。

 松井が凄いのは、そんな自身の置かれた特殊な立ち位置を逃げずに受け入れたことだ。入団会見時には「最近、プロ野球の人気が下がっていると言われていますが、非常に残念なことです。相撲、サッカーなどの他のスポーツに負けることがないように盛り上げたいと思います」 と18歳が堂々と宣言。記者の毎日同じような質問にも淡々と答え、東スポの下ネタにまでしっかり付き合う懐の深さ。かと思えば、普段から忘れ物が多く、寝坊しまくり時間にもルーズという一面も持つ。幼少期は阪神ファンだったことも隠そうとしない。先日の巨人監督就任会見でも、真剣さだけではなく、ユーモアを交えた松井節は健在だった。それは近年の重く暗い巨人監督のマスコミ対応に最も不足していた部分ではないだろうか。

 ちなみに背番号55がプロ初本塁打を放った1993年5月2日の巨人vsヤクルト戦のテレビ視聴率は32・2%。9回裏に弾丸ライナーのホームランをかっ飛ばした午後9時5分の瞬間最高視聴率はなんと39・7%だった。当時、日本テレビは松井が本塁打を放つ度にホームランカードを発行していた。しかも、記念アーチとかではなく、1本ごとにだ。そんな異常な状況でプレーするプロ野球選手は今後二度と出現しないだろう。

 なぜ、松井はあれほど注目される環境でも、グラウンド上で心乱さず淡々とプレーして勝負強い打撃を披露することができたのか? ニューヨーク・ヤンキース移籍後に出版された松井の著書の中では、こんな一文がある。

「大抵のことでは『こうでなければならない』と決めつけないで生活するようにしています。あまり頭を固くしてしまうと、実現できなかったときに、イライラしたり焦ったりして、ペースを乱してしまうからです」(不動心/松井秀喜/新潮新書)

 もちろん本職の野球とは真正面からとことんまで格闘する。ただ、それ以外は「まあ、いいじゃない」くらい気持ちで臨む。ヤンキースへ移籍して大小含めてハプニングが多いアメリカ生活を送る中で、そんな心境に辿り着いたという。

 松井は基本的に仕事の失敗を口に出さない。なぜなら「感情を口や顔に出すと、その感情に負けてしまう」からだという。もう一冊の著書『信念を貫く』(新潮新書)では、試合後の気持ちのリセット法や気分転換について触れ、ゲーム前に外した結婚指輪を薬指に戻す瞬間がオンとオフの切り替えになり、シャワーだけでは流せなかった喜怒哀楽もそれで払拭できると家庭人としての顔も見せている。

「大抵の疲れや悩みは、おいしいものをゆっくり食べて、よく寝れば解消されてしまう」という普通のスタンスで生きる松井。真っ当であり、王道。かと思えば、今も変わらず東スポの60周年お祝いコメントに「現役時代の唯一の後悔は、東京スポーツと仲良くしてしまったこと」なんてかますユーモアも忘れていない。

 松井の巨人時代の恒例行事、クリスマス契約更改を覚えているファンも多いのではないだろうか。時にサンタクロース人形を頭に乗せ、おもちゃのバズーカ砲をぶっ放すサービスショットに協力し、毎年クリスマス更改の理由を聞かれると「たまたまこの辺が空いているという寂しい事情もあるんですが」なんて爆笑を誘う。

 スーパースターの松井ですら、毎年この手の茶番スレスレの記者会見をプロ野球選手のオフのイチ仕事としてしっかりこなしていたことに驚かされる。別に「もうそういうのは勘弁してください」と断ったところで誰も文句は言わないだろう。なのに、報道陣が用意した小道具を持ちポーズを決める律儀な姿。あの松井秀喜の大らかさと社会人力こそ、多くの野球ファンから愛された最大の要因だろう。

 もちろん、すべてが順調な選手生活だったわけではない。30代中盤を迎えた現役生活の後半、2006年に左手首骨折、2007年には右膝を痛め、2008年にも日本時代からの古傷・左膝を手術と毎年のように故障に悩まされた背番号55の姿。もちろん若い頃は連続試合出場が当たり前のタフさを誇った松井本人もショックを受ける。その上で、逃げずに怪我をした現実を受け入れるのだ。「怪我をする前よりもすごい選手になってグラウンドに戻る」という強い気持ちでリハビリに励み復帰すると、2009年のワールドシリーズで、松井は日本人選手初のMVPを受賞してみせるのだ。

 2026年秋、52歳になった松井秀喜が、背番号90のユニフォームを着て、巨人に帰ってきた。もちろん、90番は1975年に監督1年目の長嶋茂雄が背負った番号である。世の中には、「2001年に長嶋監督が退任して、2002年に松井がメジャー移籍して巨人を見なくなった」という元巨人ファンも多い。

 来季の東京ドームには、そういうオールドファンも駆けつけることだろう。「懐かしさ」と「新鮮さ」が共存する松井巨人が、ついに始まろうとしている。

文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)

この記事を書いたのは

中溝康隆

1979年埼玉県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。2010年開始のブログ『プロ野球死亡遊戯』が話題に。『文春野球コラムペナントレース2017』では巨人を担当し初代日本一に輝いた。主な著書に『プロ野球死亡遊戯』(文春文庫)『令和の巨人軍』(新潮社)ほか。新刊『巨人軍vs.落合博満』(文藝春秋)も絶賛発売中! 

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