ヤクルト・伊藤琉偉 (C)Kyodo News

◆ 白球つれづれ2025・第16回

 その時、ヤクルト・高津臣吾監督の顔は引きつっていた。

 やることは、すべてやった。打つべき手はすべて打った。

 延長10回裏二死二・三塁。伏兵・伊藤琉偉選手の放った打球が左翼フェンスに向けて伸びる。巨人・若林楽人選手が差し出すグラブの先を白球がすり抜けた。劇的なサヨナラ勝ち。ヤクルトの連敗は5で止まった。

 歓喜のウォータシャワーを浴びる主人公は一体何者か?

 それもそのはず。かなりのヤクルト通でなければ、この22歳の若者は知られていない存在だった。

 伊藤の出番は6回、山田哲人選手の代走から始まった。プロ2年目の控え内野手。脚に不安を抱える山田の事情があったから、出場機会を得ると、8回には自身プロ初の右前打を記録。次は遊撃レギュラーの長岡秀樹選手が、ジャンピングキャッチした際に足をひねってベンチに下がると二塁から遊撃に回る。すると、延長10回、巨人・泉口友汰選手の中前に抜けるかと思われた打球を横っ飛び好捕のファインプレー。そして打撃で劇的なフィナーレにつなげる。

 山田も、長岡もいない。主力の抜けた穴を足で、守りで、そしてバットですべて埋めてしまった。

「人生で一番、最高の瞬間」お立ち台の言葉に伊藤の思いが凝縮されていた。

 群馬・東農大二高時代はコロナで甲子園行きの夢を砕かれ、東農大では素質を高く評価されながら単位不足もあって中途退学。一度はあきらめかけたプロへの夢をBCリーグ新潟に賭けた。「リーグでは一番のショート」と高く評価した同チームの橋上秀樹監督はヤクルトOBだ。そんな縁もあって23年のドラフト5位で入団した。

 スカウティングレポートには、こう評されている。

「守備は一軍でも通用するレベルだが、課題は打力の向上」。

 本来のヤクルト内野陣は一塁にホセ・オスナ、二塁が山田、三塁は村上宗隆で遊撃に長岡がレギュラー組。控えには茂木栄五郎、宮本丈、武岡龍世、赤羽由紘らが名を連ねる。つまり、本来なら今季も伊藤が一軍を掴めるチャンスは少なかった。

 ところが、シーズン前から故障者が続出。開幕時点で村上、山田、さらに塩見泰隆の主軸3選手が欠場する。その村上が今月17日の阪神戦で復帰したと思ったら、当日の打席で再び上半身の痛みを訴えてまた登録抹消。塩見は左膝前十字じん帯の手術で今季中の復帰も危ぶまれる。山田もいつ故障を再発するかわからない状態でプレーを続けている。

 まさに“ヤ戦病院”と称される故障者軍団は20日の巨人戦を前に5連敗で最下位に低迷。投手陣に目を向けても5連敗中は30失点、1試合平均6点を奪われる現状では浮上の計算すら立たない。

 もはや、打つ手なしの瀬戸際で現れた孝行息子は伊藤だけではない。

 同点の7、8回に登板したドラフト3位ルーキーの荘司宏太投手は2イニングをパーフェクト投球で気を吐く。8回には巨人・吉川尚輝選手が放った大きな右飛を増田珠選手がフェンスに激突しながら好捕。こちらもソフトバンクからやってきた苦労人だ。

 チームが苦しい時こそ、組織の底力が問われる。

 ロッテでは先週、4連敗のトンネルを21歳の怪腕・田中晴也投手と山本大斗選手の活躍で抜けると、翌日には19歳の寺地隆成捕手が1試合2発の離れ業をやってのけた。

 スター選手の活躍はまばゆい。大物ルーキーの溌剌プレーも楽しい。だが、その裏でワンチャンスを生かす「孝行息子」たちのプレーには、彼らの人生が投影され、ある時は凄みさえ感じさせてくれる。

 一瞬の光で終わるのか、それともその後の白球人生を劇的に変えていくケースもある。

 開幕からまもなく1カ月。次はどんなヒーローが現れるのだろうか?

文=荒川和夫(あらかわ・かずお)

この記事を書いたのは

荒川和夫

1975年スポーツニッポン新聞社入社。野球担当として巨人、西武、ロッテ、横浜大洋(現DeNA)等を歴任。その後運動部長、編集局長、広告局長等を経て現在はスポーツライターとして活動中

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