350,000―――。この野球ゲームは3万5000円もするのか……と思って値札をよく確認したら、なんと「35万円」だった。
2026年夏、レトロゲームショップのショーケースに並ぶ、ある野球ゲームに「35万円」もの価格が付いていた。1995年12月1日発売のスーパーファミコン用ソフト『ビッグ・ハート・ベースボール』(アクレイムジャパン)である。本作は、1993年と94年にMLBのアメリカン・リーグMVPに輝いた、シカゴ・ホワイトソックスのフランク・トーマスが監修を務めている。スーファミ版の日本語説明書表記は「ビッグ・ハート」のみだが、のちに野球殿堂入りを果たし、ホワイトソックス時代の「背番号35」が永久欠番となったフランク・トーマスの愛称でもある。ちなみに良心的な価格設定で知られるゲームショップ「秋葉原トレーダー本店」では先日、本作の箱・説明書付きが224,000円で販売されていたので、某ショップの35万円という値付けは、トーマスの永久欠番35番とかけた渾身のベースボールギャグなのかもしれない。

発売時の定価は11,800円だったが、スーファミ版カートリッジは、打者が打つと守備操作に切り替わる直前に画面が暗転して、一瞬ロード状態になってしまう致命的なタイムロス。日本ではすでにニンテンドウ64発売間近でスーファミ後期だったこともあり、絶望的に売れなかった。だからこそ、箱・説明書・封入ハガキ付きの美完品はなかなか残っておらず、30年後に超プレミア化したというわけだ。
正直、この連載コラム用に35万円のソフトを買う勇気も予算もなかったため、今回は1996年8月2日に発売されたセガサターン版の『ビッグ・ハート・ベースボール』を紹介しよう。プレイステーション版も同時期にリリースされているが、セガサターン版は現在2000円から3000円前後で購入できる。基本の操作ベースはどの機種もほぼ同じだが、CD-ROMソフトならば、スーファミ版のように攻守の切り替え時のロード暗転はなく、グラフィックも90年代の作品としては充分綺麗だ。メジャーリーグ28球団(当時)の実在球場が使用できるのも、日本の野球ファンには新鮮だった。本作の発売時期は、野茂英雄がロサンゼルス・ドジャースでトルネード旋風を巻き起こしている最中で、日本でもMLBへの関心度が急激に高まっていた。

試合操作は投球が3種類の球種ボタンに割り振られ、スピードや球の高さを方向ボタン上下で決定。打者はAボタンと方向キーで引っ張るか流し打ちか決める。当時の野球ゲームあるあるで、走者の足は全員リッキー・ヘンダーソンクラスに速いので、内野安打が乱発しがち。投手データも凄まじく適当で野茂はトルネード投法の再現がないどころか、謎にスクリューボールが決め球で、代名詞のフォークボールも実装されていない。野茂は黒人選手のグラフィック流用なので、恐らく開発開始時には日本人選手がMLBでプレーすることは想定されていなかったのだろう。
ただ、すべてがアバウトな作りかと思えば、ブルペンシステムには異様なこだわりがあり、リリーフは事前に2名までブルペンでウォームアップさせておく。肩の仕上がりは、コールド(青)、ウォーム(赤)、疲労(黄)の3段階で表示され、ウォーム状態になったらいつでもマウンドへ上がれる状態になっている。1996年の日本では野茂の所属するドジャースの試合を中心にNHKのBS放送で中継されていたが、もちろんマイク・ピアッツァやラウル・モンデシーら日本でもお馴染みのスター選手たちも登場する。ちなみに“ビッグ・ハート”ことフランク・トーマスは、1995年と96年に2年連続で40本塁打を放つ絶頂期で、ゲーム内でもラスボス的な立ち位置で君臨している。

本作は、当時の基準ではそこまで酷い野球ゲームではない。ただ、慣れない洋ゲー特有の投球システムや英語表記のみのメニュー画面や英語実況は日本の野球ファンにはハードルが高い。全体的に重い動きと独特な操作感に加え、攻守の切り替えの間の長さなど試合テンポが悪過ぎて、真剣にやっていたら1試合あたり1時間弱かかってしまうことも珍しくない。そこで『ビッグ・ハート・ベースボール』では、斬新な遊び方をユーザーに提示する。それがワンストライクでアウトになる「クイックプレイ」モードだ。ファウルはストライクとしてカウントされないが、仮に初球を見逃してストライクならば即アウト。なにかと試合時間短縮が議論される昨今、刹那のワンストライク制で究極の時短野球だ。
意外にも、この荒唐無稽な「クイックプレイ」が新鮮で対人対戦でも盛り上がる。遊び球のない全球クライマックスのガチンコ勝負は、往年の格闘団体パンクラスの秒殺のような緊張感が漂っている。ホームランを打とうが、花火が上がるわけでもなく「407ft」とだけ飛距離が表示されてすぐ次打者へ。スーファミ版説明書には、「フランク・トーマスと一緒にメジャーリーグ・アクションに飛び込み、操作・戦略・作戦をマスターし、真のメジャーリーグ通になるんだ!」と書かれているが、まさに一球35万円級のテンションで、あなたもぜひ当時の世界最強打者フランク・トーマスに一球入魂のクイックプレイ勝負を挑んでみてほしい。
文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)