1994年7月発売のスーパーファミコンソフト『甲子園3』

 全国4072校の野球部を収録。

 かつて、家庭用ゲーム機がROMカセット時代にもかかわらず、そんな無謀な挑戦をした高校野球ゲームがあった。1994年7月29日発売のスーパーファミコンソフト『甲子園3』(魔法)である。『甲子園』シリーズといえば初登場は1989年のファミコン版で、当初は第70回大会参加の49校のみだったが、その後は参加校を一気に増やす路線に舵を切り、スーパーファミコン3作品、プレステやセガサターンでもリリースされた人気シリーズである。

『甲子園3』も、収録校の多さにウリを全振り(高校名は元ネタが分かるように漢字の前後を入れ替え偽名化)したためか、肝心の野球試合パートは恐ろしくアバウトな作りになっている。Aボタンを押した時間の溜めで球速が決まる独特なシステムで、基本のボールスピードが速く、打者は118キロの直球にも振り遅れる。地方大会の球場は異様に狭く、守備陣全員の肩がとんでもなく強いので、センター前ゴロ連発という謎のゲームバランスで成り立っている。すでに初代パワプロが世に出ていた当時、お小遣いから9800円も奮発して本作を買ったキッズたちはファミコン初期のようなクオリティの操作性に戦慄したはずだ。

 ただ、一流選手たちが技術を競うプロ野球ではなく、あくまで球児の下手さも愛する高校野球という前提があるため、試合内容がズンドコでもそこまで気にならないのが甲子園シリーズの強みだ。パッケージ裏面に「ナインの汗はキミの汗だ!」という昭和のスポ根漫画のようなキャッチコピーが確認できるが、今から32年前の高校野球はまだ「友情・努力・勝利」の世界観で、突き詰めると「根性こそすべて」という価値観だった。

 本作でも走塁ではBボタンを連打することで走者のスピードが増し、最後はXボタンで気迫のヘッドスライディング。CPUバッテリーは三塁走者がいるとスクイズをやたらと警戒してウエストしまくる。まさに一昔前の甲子園のような泥臭い雰囲気だが、極め付けが「根性ボタン」システムだ。スイング前や投球前にLボタンを押すと選手に「根性」が注入されて、その直後だけ能力値が上がる。限られた回数しか使用できない「根性ボタン」を押すタイミングが勝敗を分けるのだ。ってこれが果たして野球ゲームと言えるのだろうか……なんて冷静に考えたら負けだ。これは指標や数字を追い求める現代の野球ゲームとはまた違う、「高校野球ゲーム」というジャンルなのである。

 久々に本作を遊んでみたが、まずは埼玉地区で実家に近い土地の高校を選び、甲子園優勝を目指す。弱小校で強豪校を倒す下剋上球児である。地方大会で敗退すると3年生が引退して、新チームとしてリスタート。試合は単調で、これといった派手な演出もなく、淡々とゲームは進んでいく。それでも、2年目にようやく甲子園出場を勝ち取り、青空の真下、甲子園の選手宣誓シーンは感慨深い。くたびれた地方球場とは違い、甲子園の芝生の綺麗さは感動的ですらある。プレーヤーは、ついに甲子園に来たぞという高揚感が味わえるのだ。

 このゲームは、酷暑の中、“競技性”より“安全性”が問われている昨今の高校野球とは、全く違うベクトルの世界観で成立している。自チーム唯一のスラッガーさかもと君以外は隙あらばバント多様のスモールベースボールに、延長戦でもひとりでヘロヘロになりながら投げ切る絶対的エースの酷使。「次はたいした相手じゃない」なんてナチュラルに煽る監督のもと、ウレタン抜きの金属バットで捉えた打球は「カキーン!」と快音を残し、グングンと伸びてスタンドに突き刺さる。それが良いとか悪いとかじゃなく、ひたすら懐かしい風景の数々。まさに、「あの頃の高校野球」である。

 本作で活躍する、さかもと君たちと同時代を生きた元球児たちも、今では40代後半から50代の中年のおじさんになっていることだろう。令和のクーラーの効いた部屋で、何者でもない平成球児たちのヘッドスライディングを堪能するのも大人のゲーマーの特権だ。

 確かに、『甲子園3』は野球ゲームとしてはツッコミどころ満載の迷作かもしれない。それでも、高校野球ゲームとしては名作なのである。

文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)

この記事を書いたのは

中溝康隆

1979年埼玉県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。2010年開始のブログ『プロ野球死亡遊戯』が話題に。『文春野球コラムペナントレース2017』では巨人を担当し初代日本一に輝いた。主な著書に『プロ野球死亡遊戯』(文春文庫)『令和の巨人軍』(新潮社)ほか。新刊『巨人軍vs.落合博満』(文藝春秋)も絶賛発売中! 

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