白球つれづれ2024・第10回
阿部巨人が台湾遠征を行った。
3月2、3日、台北ドームで「巨人軍90周年記念親善試合」と銘打たれたオープン戦には、両試合共に3万人を超えるファンが詰めかけ、予想以上の盛況に沸いた。
初戦の対中信戦は4-1で快勝。投げては開幕投手に内定する戸郷翔征が3回を2安打無失点の快投。打っても“ゴジラ二世”の秋広優人選手が3安打3打点の活躍。
第2戦の台湾楽天戦は0-0の緊迫した戦いとなったが、復活を期す菅野智之投手と2ケタ勝利の期待される山﨑伊織投手がいずれも無失点の好投、さらに現役ドラフトで阪神から移籍した馬場皐輔投手も無難な対外デビューを果たした。阿部慎之助監督にとっても収穫の多い海外遠征となった。
球場には台湾の英雄も姿を見せている。1980年代に巨人で活躍した呂明賜氏やメジャーリーグで68勝を挙げた王建民氏らである。近年でも陽岱鋼(元日本ハム、巨人など。現オイシックス新潟)や、昨年まで西武に在籍した呉念庭選手に、西武黄金期の“オリエント特急”郭泰源投手らが日本球界で活躍したのは記憶に新しい。
戦前にさかのぼると、全国高校野球に日本統治下の嘉義農林が出場、草創期の巨人では呉昌征氏が大活躍を見せている。同氏は戦前に2年連続の首位打者を獲得すると、1946年には戦後初のノーヒットノーランを達成するなど、大谷翔平を彷彿とさせる投打の二刀流選手でもあった。
アジア圏マーケットの可能性を示した台湾遠征
親日国であり、野球でのつながりも深い台湾だが、今回の巨人戦は新たな野球の可能性を引き出した点でも意義深い。
坂本勇人や菅野選手らは異国でも認知度が高く、スーパースターとしてマスコミにも報じられている。球場に用意された巨人グッズも飛ぶように売れたと言う。ネットの普及と共に台湾にいても日本野球は知れ渡り新たなファンの開拓にも繋がっている。日本人がメジャーリーグに大きな関心を寄せるように、韓国を含めたアジア圏では一大マーケットとなる可能性があるのだ。
今では国内キャンプに台湾や韓国のチームがやってきてオープン戦を行っている。昨年は2度目となる「アジアチャンピオンシップ」が豪州を含めた4か国で行われた。今から25年ほど前には西武やオリックスがシーズンオフに台湾遠征に出掛けた記録もある。しかし、日本のチーム同士が異国で真剣勝負を行ったことはない。
巨人や阪神のような人気球団が海外で興業を行う場合、本来の本拠地で得る収益を失うリスクはある。シーズン中の移動面や野球協約の改正も必要になるだろう。
だが、一方で野球競技人口の減少や、将来の観客動員の伸びを考えれば新たな施策と発想の転換も必要なはず。今回の巨人による台湾遠征は日本球界全体のマーケティングとして捉えた時、大きなヒントになるのでは、と思う。
MLBでは今春、韓国でドジャースとパドレスの公式戦を挙行する。すでに欧州や中南米でも試合を行い、世界戦略を鮮明にしている。その結果、メジャーグッズは世界中で売れて、大きな収益源となっている。米球界全体が野球人気の開拓と、競技人口の拡大に意思統一され、コミッショナー自らが先頭に立っているから実現が可能となる。
日本球界の場合は、各球団の営業努力によるところが大きく、コミッショナーにそれだけの権限もない。日本サッカーには「百年構想」と言う長期ビジョンがあるが、野球界には10年後の青写真もない。
大谷翔平選手のドジャース移籍や電撃結婚発表も手伝って、スポーツマスコミは連日、メジャー報道を大々的に取り上げる。今年ほどプロ野球キャンプの扱いが小さい年は珍しい。これが一過性のものであればまだ救いはあるが、多くのファンの目がメジャーに注がれていけば、日本野球そのものの衰退にもつながりかねない。
2日間で6万人超の観客を集めた台湾での巨人戦。単なるオープン戦で終わらせるのか? WBCの世界一。“アジアの盟主”を任じるなら、こんなヒントを見逃す手はない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)