第97回選抜高校野球大会の出場32校が決まり、今年も2校の21世紀枠校が選出された。2001年から導入された21世紀枠は、昨年まで66校が選ばれ、63校が出場している(2020年はコロナ禍で中止)が、この中からプロにはばたいていった選手も8人いる。
まず、プロで最も成功したのは、2008年の成章のエースで、現ヤクルトの“ライアン”小川泰弘だ。
成章は前年秋の愛知県大会で4強入りし、準決勝で愛工大名電に2-4と惜敗。さらに3位決定戦でも中京大中京に1-3と善戦した健闘ぶりが認められ、3年連続で21世紀枠候補校に推薦されると、選考委員会でも、候補校の中から最も高い評価を受け、36年ぶり2度目のセンバツ切符を手にした。
開会式直後の第1試合となった駒大岩見沢戦、小川は4、5回に1点ずつを失うが、強気な内角攻めと変化球のコンビネーションで、6回以降は気迫の投球で散発2安打無失点に抑える。
そして、1点を追う8回、成章は2安打と犠打で一死満塁から5番・小川が四球を選んで満塁とすると、倉内勝洋の左前タイムリーと遊ゴロで3-2と逆転。小川は味方のエラーで招いたピンチにも動じず、9回まで1点リードを守って同校に甲子園初勝利をもたらした。
ちなみに、同年は記念大会で21世紀枠3校が出場したが、安房、華陵も初戦を突破し、3校いずれも2回戦に駒を進めている。
2回戦では平安に2-3と惜敗。甲子園での小川はMAX134キロで、大会屈指の本格派・沖縄尚学・東浜巨(現ソフトバンク)らの陰に隠れた感があった。その後、創価大1年秋に147キロをマークするなど、“和製ライアン”の異名をとり、大学4年間で通算36勝。2013年にドラフト2位でヤクルトに入団したのは、ご存じのとおりだ。
21世紀枠校からのプロ入り第1号は、2002年の鵡川の4番・池田剛基だ。
前年秋の北海道大会で3本塁打を放った183センチ、92キロの主砲は、甲子園でも1回戦の三木戦で3打数2安打2打点と勝負強さを発揮し、チームの甲子園初勝利に貢献。2回戦では広島商に0-1と惜敗も、池田は二塁打を放ち、長打力をアピール。同年のドラフトで本拠地の北海道移転が決定した日本ハムに7巡目指名されたが、左肘の故障もあり、1軍出場のないまま05年限りで引退した。その後、球団職員などを経て、2020年春、足寄の監督に就任した。
池田に続くプロ第2号は、2004年の一関一のエース・木村正太だ。
東北地方ではダルビッシュ有(東北)と並ぶ屈指の好投手は、前年秋は公式戦10試合を1人で投げ抜き、岩手県大会準優勝。東北大会でも準々決勝で本荘を完封するなど、4強入りの原動力となり、同じく地区大会4強の愛媛・八幡浜とともに21世紀枠で甲子園切符を手にした。
甲子園では拓大紅陵を3回まで1安打無失点に抑えたが、その後、エラー絡みで失点するなど、0-6で無念の初戦敗退。それでもダルビッシュの147キロに次ぐ大会2位タイの最速143キロを計測し、大会屈指の右本格派としてアピールした。
翌05年、ドラフト5巡目で巨人入り。09年に1軍初昇格をはたし、リリーフで25試合に登板、10年から背番号も「92」から「15」に変わったが、不運にも右肘を痛め、育成契約に。支配下復帰をはたせぬまま、11年限りで現役を引退した。
21世紀枠校出身で初のドラフト1位指名を受けたのが、2010年の山形中央の2年生左腕・横山雄哉だ。
前年秋は東北大会準々決勝で優勝校の秋田商に0-1と善戦。選考では東日本地区で評価が拮抗する2校と最後までもつれたが、最終的に再投票で選出が決まった。
甲子園では1回戦で準優勝校の日大三と当たり、8回途中まで被安打18、13失点と打ち込まれたが、最速140キロを計測。この屈辱をバネに、夏も県大会を勝ち抜き、春夏連続甲子園出場をはたした。
高校卒業後、新日鐵住金鹿島のエースとして活躍し、2015年にドラフト1位で阪神に入団も、プロ入り後は19年に育成契約になるなど、相次ぐ故障に悩まされ、2020年限りで現役引退。通算9試合、3勝2敗、防御率4.67だった。
プロ入り後、育成契約を経て昨季、支配下復帰をはたしたのが、2014年の小山台のエース・伊藤優輔だ。
前年秋の都大会では、早稲田実、日大豊山などを下して8強入り。06年にエレベーター事故で亡くなった先輩の「1日を大切に」の言葉を代々受け継いで精進してきたことも評価され、多数決で選出された。
甲子園での伊藤は、10与四死球と制球難を露呈し、履正社に0-11と大敗。「一瞬で終わったような感じだった」と全国レベルの実力を思い知らされた。
だが、甲子園に出場できたことが「大学でも野球を続ける」分岐点となり、中大、三菱パワーを経て、2021年にドラフト4位で巨人入り。1年目に右肘トミージョン手術を受け、育成格下げも、昨年7月に支配下復帰。1軍で8試合にリリーフ登板した。1月16日、FAで巨人に移籍した甲斐拓也の人的保障として、ソフトバンクに移籍することが発表された。今季は5年目の飛躍を期している。
このほか、2021年の三島南の外野手・前田銀治は、ドラフト3位で楽天入り。同年出場の八戸西のエース・福島蓮も、日本ハムに育成1位で入団し、支配下を勝ち取った昨季は、球団の育成出身投手では初の1軍勝利(2勝)を実現した。2023年の氷見のエースで、楽天8位の青野拓海は、内野手で1軍入りを目指す。
文=久保田龍雄(くぼた・たつお)
まず、プロで最も成功したのは、2008年の成章のエースで、現ヤクルトの“ライアン”小川泰弘だ。
成章は前年秋の愛知県大会で4強入りし、準決勝で愛工大名電に2-4と惜敗。さらに3位決定戦でも中京大中京に1-3と善戦した健闘ぶりが認められ、3年連続で21世紀枠候補校に推薦されると、選考委員会でも、候補校の中から最も高い評価を受け、36年ぶり2度目のセンバツ切符を手にした。
開会式直後の第1試合となった駒大岩見沢戦、小川は4、5回に1点ずつを失うが、強気な内角攻めと変化球のコンビネーションで、6回以降は気迫の投球で散発2安打無失点に抑える。
そして、1点を追う8回、成章は2安打と犠打で一死満塁から5番・小川が四球を選んで満塁とすると、倉内勝洋の左前タイムリーと遊ゴロで3-2と逆転。小川は味方のエラーで招いたピンチにも動じず、9回まで1点リードを守って同校に甲子園初勝利をもたらした。
ちなみに、同年は記念大会で21世紀枠3校が出場したが、安房、華陵も初戦を突破し、3校いずれも2回戦に駒を進めている。
2回戦では平安に2-3と惜敗。甲子園での小川はMAX134キロで、大会屈指の本格派・沖縄尚学・東浜巨(現ソフトバンク)らの陰に隠れた感があった。その後、創価大1年秋に147キロをマークするなど、“和製ライアン”の異名をとり、大学4年間で通算36勝。2013年にドラフト2位でヤクルトに入団したのは、ご存じのとおりだ。
歴代の「21世紀戦士」の顔ぶれは…!?
21世紀枠校からのプロ入り第1号は、2002年の鵡川の4番・池田剛基だ。
前年秋の北海道大会で3本塁打を放った183センチ、92キロの主砲は、甲子園でも1回戦の三木戦で3打数2安打2打点と勝負強さを発揮し、チームの甲子園初勝利に貢献。2回戦では広島商に0-1と惜敗も、池田は二塁打を放ち、長打力をアピール。同年のドラフトで本拠地の北海道移転が決定した日本ハムに7巡目指名されたが、左肘の故障もあり、1軍出場のないまま05年限りで引退した。その後、球団職員などを経て、2020年春、足寄の監督に就任した。
池田に続くプロ第2号は、2004年の一関一のエース・木村正太だ。
東北地方ではダルビッシュ有(東北)と並ぶ屈指の好投手は、前年秋は公式戦10試合を1人で投げ抜き、岩手県大会準優勝。東北大会でも準々決勝で本荘を完封するなど、4強入りの原動力となり、同じく地区大会4強の愛媛・八幡浜とともに21世紀枠で甲子園切符を手にした。
甲子園では拓大紅陵を3回まで1安打無失点に抑えたが、その後、エラー絡みで失点するなど、0-6で無念の初戦敗退。それでもダルビッシュの147キロに次ぐ大会2位タイの最速143キロを計測し、大会屈指の右本格派としてアピールした。
翌05年、ドラフト5巡目で巨人入り。09年に1軍初昇格をはたし、リリーフで25試合に登板、10年から背番号も「92」から「15」に変わったが、不運にも右肘を痛め、育成契約に。支配下復帰をはたせぬまま、11年限りで現役を引退した。
21世紀枠校出身で初のドラフト1位指名を受けたのが、2010年の山形中央の2年生左腕・横山雄哉だ。
前年秋は東北大会準々決勝で優勝校の秋田商に0-1と善戦。選考では東日本地区で評価が拮抗する2校と最後までもつれたが、最終的に再投票で選出が決まった。
甲子園では1回戦で準優勝校の日大三と当たり、8回途中まで被安打18、13失点と打ち込まれたが、最速140キロを計測。この屈辱をバネに、夏も県大会を勝ち抜き、春夏連続甲子園出場をはたした。
高校卒業後、新日鐵住金鹿島のエースとして活躍し、2015年にドラフト1位で阪神に入団も、プロ入り後は19年に育成契約になるなど、相次ぐ故障に悩まされ、2020年限りで現役引退。通算9試合、3勝2敗、防御率4.67だった。
プロ入り後、育成契約を経て昨季、支配下復帰をはたしたのが、2014年の小山台のエース・伊藤優輔だ。
前年秋の都大会では、早稲田実、日大豊山などを下して8強入り。06年にエレベーター事故で亡くなった先輩の「1日を大切に」の言葉を代々受け継いで精進してきたことも評価され、多数決で選出された。
甲子園での伊藤は、10与四死球と制球難を露呈し、履正社に0-11と大敗。「一瞬で終わったような感じだった」と全国レベルの実力を思い知らされた。
だが、甲子園に出場できたことが「大学でも野球を続ける」分岐点となり、中大、三菱パワーを経て、2021年にドラフト4位で巨人入り。1年目に右肘トミージョン手術を受け、育成格下げも、昨年7月に支配下復帰。1軍で8試合にリリーフ登板した。1月16日、FAで巨人に移籍した甲斐拓也の人的保障として、ソフトバンクに移籍することが発表された。今季は5年目の飛躍を期している。
このほか、2021年の三島南の外野手・前田銀治は、ドラフト3位で楽天入り。同年出場の八戸西のエース・福島蓮も、日本ハムに育成1位で入団し、支配下を勝ち取った昨季は、球団の育成出身投手では初の1軍勝利(2勝)を実現した。2023年の氷見のエースで、楽天8位の青野拓海は、内野手で1軍入りを目指す。
文=久保田龍雄(くぼた・たつお)