トミー・ジョン(TJ)手術から4年目、オリックスの左腕富山凌雅投手が、1軍のマウンドに戻ってきた。
「球速も戻り、今は51試合を投げた年、近くまで(状態が)戻っているのかなと思います」。富山が頬を緩めた。
富山は和歌山県出身。九州国際大付高、トヨタ自動車から2018年ドラフト4位でオリックスに入団。3年目の2021年にワンポイントリリーフとしてチームトップの51試合に登板し、25年ぶりのリーグ優勝に貢献した。しかし、肘を痛めて2022年10月にトミー・ジョン(TJ)手術を受け、育成選手に。2024年3月に支配下選手に再登録されたが調子は戻らず、以後2年間の1軍登板は16試合、5試合の計21試合にとどまった。
手術から4年目となったプロ8年目の今季。昨年秋の高知キャンプで取り組んでいたサイドスローを交えた投球でスタートしたが、結果につながらず早々に止めた。「上から投げて抑えられて、横で“遊び”を入れるというならわかるんですが、上でもそんなに投げられないのに小手先でやっても自分のピッチングじゃないなと」。何球かに1球織り交ぜる変幻自在の投球で左打者を打ち取る狙いだったが、どこかすっきりとしない自分がいた。
「元々、僕は強気のピッチングが持ち味だったんです。小手先でかわすより、ストライクゾーンに投げ込んで勝負するという原点に戻るということをファームで意識してやってきました」と富山。術後、3年間、結果を出せていないことからの原点回帰。「自分の中で、そろそろ危ないかなという立ち位置だなとは感じていました」と明かす。
ファームでは、若い選手に負けず酷暑のグラウンドで汗をかいた。「2軍では、まず認めてもらうことから始めました。プロなんでみんなプライドを持っていると思いますが、プライドをちょっとでも削ってチームに貢献できることをしようという気持ちでやってきました」。2軍の指導者には、どういうように(1軍昇格の)チャンスが巡ってくるのか、どんな基準で上がれるのかなど、1軍経験のない若手選手のような質問をしたこともあるという。
サイドスローを止めたことで、球速も戻った。原点に戻ったことで腕が振れるようになり、奪三振も増えた。8月7日に今季初めて1軍昇格を果たし、12試合に登板。8月29日のソフトバンク戦(京セラドーム)では2年ぶりのホールドを記録した。岸田護監督からも「そういうピッチングが魅力なんだ」と言ってもらえた。
5月3日の29回目の誕生日、2軍戦の試合に家族を呼んだ。「毎年、日程が合えば呼んでいるんですが、家族は今年が最後かもと思ったでしょうね」。数少ない左の救援投手だけに来季も貴重な存在になると予想されるが、「まだわかりません。今は結果を出すだけ。言われたところで投げて、チームに貢献できるように頑張るだけなんで」。崖っぷちから抜け出し、強気の投球で負けられないチームを勝利に導く。
取材・文=北野正樹