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怒られ慣れていない子ども、褒め慣れていない指導者|ヤキュイク編集部コラム

少年野球の現場を取材していて思ったこと、感じたことなどを「ヤキュイク編集部」スタッフが思うままに書いています。


<素直に褒めることができない照れ隠し?>

「今の子は怒られ慣れていない」

野球の現場ではそんな声をよく耳にします。監督にちょっと小言を言われたくらいのことで泣いてしまう子の姿、たかしによく見ます。昭和の時代に「少年野球」を経験した私からすればこれは納得です。

ですが、「慣れていない」ということに関して言わせて頂くと、私はこう言いたくなります。

「年配の指導者ほど子どもを褒め慣れていない」

例えば何年か前、こんな場面がありました。

多くの部員を抱える少年野球チームと、部員が減少して9人集まらなくなったチームが合同練習を行っていたときのことです。

互いの監督がノックを打っていたのですが、多くの子どもが集まっているチームの監督(年齢40代前半くらい)は、子ども達のプレーに対して「おー! ナイスプレーだ!」「おー! 源田ー(のようなプレー)!!」と子ども達を積極的に褒めていたのに対し、もう一つのチームの監督(年齢60代くらい)は、子どものナイスプレーに対してもノーリアクション。自チームの子のナイスプレーに対しては「たまたま(グラブに)入ったな(笑)。もっと嬉しい顔しろよー」と子ども達を弄ることはあっても、決して褒める言葉を発しないのです。

見学に来ていた保護者に聞くと、近年このチームに部員が集まらなくなった要因は指導者の怒声・罵声を初めとする〝昭和〟な指導が敬遠された結果なのだといいます。そして、こう耳打ちしてくれました。
「監督もあれで大分変わったんです。以前はあんな風に笑顔で子どもを弄ったりとかもなかったですから。あれは『ナイスプレー!』って素直に褒めることができない照れ隠しなんです」


これまで取材をさせていただいたチームを思い返してみても、若い指導者ほど子どもを積極的に褒めていた姿を容易に思い出すことができる一方で、年配の指導者の姿を思い返すとき、積極的に褒めていた姿を思い出すことができません。

そんなこともあり、私は「年配の指導者ほど、子どもを褒め慣れていない」と感じてしまうのです。

<ナイスプレーは照れずに褒めて>

先日「スポーツ報知」(6/22)に『「野球だけをやらない」「怒ることは絶対にしない」日本との大きな違いとは? 米国野球事情・育成期の現場のリアル』というタイトルの記事が載っていました。
記事の中で、アメリカで野球に取り組む2人の高校生の父として、日米で少年野球のコーチ経験を持つ佐々木知法さんはこう話しています。

「米国では、少年野球で怒ることは絶対にしないです。まず少年野球は楽しむことが第一。勝てればいいけども、まずは楽しむことが一番」

アメリカ流の指導が全て正しいということもないでしょうが、少年野球が野球の入口であることを考えれば、この考えを否定する理由は一つもないと思います。

自分がナイスプレーをしたときに、監督に褒められることと、茶化されること。どちらの方が子どもにとって「楽しい」ことでしょうか? 子どものナイスプレーには照れずに褒めてあげて欲しいなと思います。

100人以上の子どもが集まる、とある有名チームの監督は以前にこんなことを言っていました。

「褒めることは大事です。でも何でも褒めればいいわけではありません。子どもも馬鹿じゃないですから無意味に褒められても何も感じません。でも子どものことを毎回ちゃんと見ていると『今、褒めてくれたら僕は伸びますよ!』とアピールしているような、オーラみたいなものが見えるんです。そんなときに『スイングめちゃ早くなったな!』『お! 家で練習してきたんやな』とか褒めてあげると、子どもは喜びます。そしてさらに練習を頑張るようになって上手くなるんです」

少年野球においては指導者の怒声・罵声は問題外ですが、褒めてあげるべき時に褒めないことも、私は同じくらい罪深いと思います。だって、せっかくの子どもが自信を深める機会、成長する機会、野球を好きになる機会を見過ごしているのと同じなのですから。(ヤキュイク編集部)