白球つれづれ2024・第44回
“神の子マー君”として一世を風靡した楽天・田中将大投手の退団が24日、突如発表された。
水面下で行われていた来季の契約交渉の過程で、球団側は減額制限(1億円超の選手は40%)を提示したが、これを不服とした田中が拒否して自由契約を選択したものだ。
今季は昨年秋に右肘のクリーニング手術をした影響もあって、一軍の登板は、わずか1試合だけ。それも5回4失点と本来の出来には程遠く0勝1敗では大幅な減俸も致し方ない。仮に減額制限通りなら来季年俸は1億5600万円となる。
だが、球界を代表する大エースの突如の退団には、楽天ファンだけでなく球界全体が驚き、大騒動が巻き起こっている。
感情的には「これだけの功労者を簡単に切り捨てるのか?」と言う声と共に球団のこれまでの姿勢に疑問符を投げかける向きもある。
19年オフには、この年3位の成績を残したにも関わらずに平石洋介監督を更迭。その後も三木肇、石井一久、今江敏晃監督と交代、今オフには再び三木監督の再登板と7年間の間に延べ5人の交代劇が繰り返されている。
この間、チームの若返りは遅れて今やBクラスが定位置となってしまった。こうしたフロントの迷走に、チームの顔であり、将来の監督候補とも目された田中の突如の退団劇だから、球団への風当たりは強い。田中自身が大きな目標とする200勝まであと3勝。せめてここまでは楽天で達成させてやりたいというフアンの感情もある。
さらに付け加えるなら、発表の当日はプレミア12大会決勝で侍ジャパンの重要な一戦。球界では一大イベントの時はこれを最優先すると言う不文律もあるため、発表のタイミングの悪さを憤る関係者も多い。
田中の華々しい球歴は言うまでもない。
駒大苫小牧高では怪物として甲子園優勝。ドラフト1位で楽天に入団すると順調にエースの道を駆け上がり、2013年には開幕から無傷の24連勝(無敗)を記録して日本一。そのオフにポスティングでメジャーのヤンキースに移籍すると7年間で78勝(46敗)、中でも6年連続2ケタ勝利は日本人投手の最長記録でもある。
21年に楽天に復帰すると年俸9億円は国内最高額になる。それでもヤンキース時代の最高年俸は26億6200万円(15年、金額は当時のレートによる。以下同じ)だから三分の一ほど。ここから成績低迷により、年俸も毎年のように大幅ダウン、球団の提示した来季年俸を1億5600万円とした場合、絶頂期との格差はとてつもなく大きい。田中側とすれば、それなら心機一転、最後の働き場所を新天地に求めたとしてもおかしくない。
どの球団で“神の子”はもう一花を咲かせるのか?
こうした両者の食い違いの反面、今回の退団には時代の流れもある。
FA制度導入以来、スター選手の年俸ははね上がり、24年の年俸ランキングを見ると、最高は巨人・坂本勇人とヤクルト・村上宗隆選手の6億円で、2億円以上が34選手、1億以上なら85選手に上る。多くの球団では総年俸額を設定するから、上げ幅が大きくなれば、ダウン額も大きくなる。今後、選手のメジャー志向がさらに高まれば、「弱肉強食」の格差も広がっていくだろう。
田中と似たケースでは8歳年上の松坂大輔元投手がある。
甲子園の優勝投手で西武のドラフト1位、大エースに成長してボストン・レッドソックスで活躍後に日本球界復帰。2016年にはソフトバンクに年俸4億円で入団するが、故障続きで1勝も出来ずに退団。その後中日で6勝をマークするが、最後は古巣の西武で引退する。最終年の年俸は2000万円だった。これもまた、野球界の厳しい現実である。
故障からの復活を期す田中は、現在もトレーニングを欠かさず「状態はあがってきている」と手応えを口にする。
これだけの大物の去就に関しては早くも様々な憶測が飛び交っている。
一部報道によればヤクルトが獲得の調査に乗り出すと言う。早くから巨人も興味を示しているとの情報もある。また、楽天も今後の出方次第では再交渉の道を残している。
どの球団で“神の子”はもう一花を咲かせるのか? 36歳の進路が、にわかに注目を集めることになった。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)