◆ 白球つれづれ2026・第26回
阪神甲子園球場の外野スタンド下に「甲子園歴史館」がある。
われらが阪神タイガースや、戦前から戦後にわたる高校野球の歴史など100年以上の激闘の跡が偲べる“聖地”の象徴だ。
こんな由緒ある記念館に、将来名を刻まれるのが間違いない男が突如現れた。髙橋遥人投手である。
28日にマツダスタジアムで行われた広島戦に今季12度目の登板。
初回から得点を許すなど苦しい投球が続いたが6回3失点で降板後に味方打線が勝ち越し点を奪い、髙橋に開幕10連勝の記録がついた。
開幕から無傷の10連勝は、球団史上1947年の御園生崇男以来79年ぶりの偉業。他には46年に藤村冨美男が11連勝している。
御園生と言えば、戦前から戦後にかけて通算127勝を上げたエース。藤村は同時期に投打で活躍した元祖・ミスター・タイガースだ。
髙橋の開幕10連勝を振り返ると、4月29日のヤクルト戦で今季3度目の完封。4月だけで3完封は、若林忠志以来83年ぶりで、シーズンの1~3勝目を完封するのは江夏豊以来57年ぶり。まだある。5月6日の中日戦で2安打完封して4月12日の中日戦からの連続完封を3試合に伸ばすと、球団ではジーン・バッキー以来60年ぶりの快挙となる。
ここに出て来た名前は、いずれも阪神の歴史に残る大エースばかりだ。それ以外にも球団史上初の記録も刻んでいる。これで髙橋の「歴史館入り」は当確と言っても過言ではないだろう。
2017年のドラフト2位で入団。この年のドラフトは早実高の怪物・清宮幸太郎選手(現日本ハム)に人気が集中。阪神も清宮を指名したが、クジに敗れ、安田尚憲(履正社高)の指名戦にも負けて、仙台大の馬場皐輔投手(現DeNA)を1位指名した経緯がある。髙橋は“外れ1位”の人材でもなかったわけだ。
新人時代から球威はあるし、コントロールも素晴らしい、実践派の左腕として期待を集めた。入団以来2,3、5勝と順調に白星を積み上げてきたが、突如悲劇が襲う。
左手中指に力が入らなくなり、投球そのものが難しくなる。その後は肩、肘、左手尺骨など5度の手術を受けて復活の時を探った。22、23年の一軍公式記録はゼロ。年俸は新人選手並みに下げられ、一部では整理対象の噂まで駆け巡った。
長い雌伏の時を経て、昨年後半に本来の投球を取り戻すと、今季の快進撃につなげる。右打者の膝元に食い込むストレートに、伝家の宝刀と言われるツーシームは精度を増し、スライダーまでコントロール良く投げ分けられたら、突けこむ隙を見出すのも難しい。これだけの金字塔を打ち立てているのだから、史上初の4、5月月間MVPは当然、6月も4勝無敗となれば、3カ月連続受賞も視野に入っている。
リーグ連覇を狙う阪神は開幕以来、佐藤輝明、森下翔太選手を軸とした打線が活発で首位戦線に躍り出たが、今季は自慢の投手陣に不安要素ものぞく。昨季は盤石を誇った石井大智投手がアキレス腱断裂で戦列を離れ、及川雅貴投手の安定感も落ちている。抑えに起用する岩崎優、ラファエル・ドリスの両守護神も心もとない。29日現在、巨人、ヤクルトと3チームが0.5ゲーム差でしのぎを削る首位争いも、髙橋あっての現状だ。
その大黒柱も、6月に入ると完封とはいかず、失点も徐々に増えている。このため藤川球児監督は、次回の登板まで「少し時間を空ける」と、適度な休養と調整期間を設けることを示唆した。
今や、髙橋無くては、夜も日も明けぬタイガース。歴史に名を刻んだ左腕の記録はどこまで伸びるのか。
歴史と言えば、リーグ最優秀選手(MVP)に輝いた阪神勢は過去に6人。村山実、ランディー・バース、井川慶、金本知憲、村上頌樹、佐藤輝明と錚々たる名前が並ぶ。この秋、髙橋遥人か7人目に名を連ねるか? もう一つの歴史への挑戦が始まっている。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)