東京五輪の開幕まで残り500日
「不測の事態に備え、オリンピック本番に向けて試せる最後のチャンス」
侍ジャパンを率いる稲葉篤紀監督は3月に行われたメキシコ2連戦の意義を、そう表現していた。相手は、世界ランキング6位のメキシコ。それも、契約やポジション獲得に向けて競走中の「アメリカ組」を除く、国内リーグ、メキシカンリーグの選手がほとんどを占めるメンバー構成だった。
今回のショーケースに並んだ若手中心のメンバーにとっては、いい塩梅の相手だったと言えるだろう。
世界トップレベルのディフェンス力
投手力、ディフェンス面に関して、日本は世界トップレベルと言っていい。2戦目にショートを守った吉川尚輝(巨人)の動きはとくに目立ち、スタンドからもその溌剌としたプレーに拍手が送られていた。彼が、この秋の「舞台」に立つかどうかはわからないが、国際大会の舞台でも戦力となることが分かったのは収穫だろう。
投手に関して言えば、第1戦の先発、今永昇太(DeNA)のホップするストレートは大きな武器になりそうだ。よく日本人投手の「きれいなストレート」は素直すぎて長打を食らいやすいと言われるが、実際のところ外国人選手はこれを嫌がる。
今永は昨シーズンを不本意なかたちで過ごしたこともあり、このオフをオーストラリアのウィンターリーグで過ごした。そこで彼の回転のきれいなストレートは、オーストラリア人、アメリカ人の打者を寄せ付けなかったという。
「フライボール革命」全盛でアッパースイングの打者が多いなか、投手は「動くボール」を低めに集めるというのが、現在のアメリカ野球の傾向だ。その影響を少なからず受けている場所では、きれいな回転の浮き上がるストレートは、スピードガンの数字以上の効力を発揮する。実際、メキシコの打者たちも、とにかく日本人ピッチャーのストレートのキレが印象に残ると口をそろえていた。
そして第1戦、今永と並んで目立ったのが、アンダースローの高橋礼(ソフトバンク)だ。結果的には2イニングで1失点はしたものの、メキシコの打者は慣れない下手投げに苦労していた。メキシコのメンバーも、日本の投手陣については「多彩な陣容が印象に残った」と語っていた。地元オリックス勢の山岡泰輔、山本由伸の鋭い変化球も国際舞台で十分に通用するだろう。
秋のプレミアでは、アメリカのマイナー組や所属球団未定のメジャーのFA組も参戦することが予想される。そういったより高いレベルの相手にも、多彩な日本の投手陣は対応できるはずだ。
求められる国際大会仕様の強力打線
今シリーズも相手投手の「動く球」が再三話題にあがり、稲葉監督も「投手が次々と変わる中、メキシコ投手陣の球威のある“動く球”を1打席で仕留めるのは難しい、若い選手には貴重な経験になったと思う」と語っていた。
今回、メキシコ投手陣に最も対応できていたのは、代表初選出の吉田正尚(オリックス)ではないだろうか。2試合計5打数で満塁ホームランを含む4安打5打点と大暴れした吉田の活躍には、稲葉監督も「勝負強い」と目を細めていた。ライバルの多いポジションではあるが、筒香嘉智や秋山翔吾のMLB挑戦が囁かれるなか、東京五輪の主軸候補のひとりに浮上したことは間違いないだろう。
マルチヒットを放った第1戦終了後の会見では、動く球に対応すべく、「ヒッティングポイントを手前にした」ことを明かした。その先制タイムリーの場面などを見返すと、かなり引き付けていたことがわかる。外国人の「動く球」は、いまや球界の常識。しかし一方で、メキシコ代表のメンバーに日本の投手陣の印象を聞くと、彼らもまた、日本人投手の投げる球の変化に舌を巻いていた。
「彼らの投げる球は本当によく曲がる。メキシコ人にあれほど変化する球を投げるピッチャーはいない。ストレートだって、みんな沈んでいる」とは、2016年の秋にも来日し、今回2試合ともスタメンに名を連ねたホセ・アギラルのコメントだ。要するに「慣れない球」は、お互い様ということ。となれば、いち早く相手投手を攻略するコツを会得した方が優位になる。
カギは動く速い球の攻略か
メキシコの投手陣の球速は140キロを少々超えるくらいだった。速球派と呼んでいいのは、第1戦目を締めたジェイク・サンチェスと第2戦目の先発、マヌエル・バレダ、リリーフのマウンドに立ったセサル・バルガス、アンドレス・アビラくらいか。そして、彼らのストレートであれば、第2戦目でバレダを攻略したように、日本の一流打者であれば打ち返すことができる。
厄介なのは、彼らがストレートとさほど変わらないスピードの「動く」球、要するにカットボールなどを多投すること。同じく2戦目の4番手として1イニングを投げたバルガスは、145キロ超えのストレートに加え、カットボールも140キロ台。侍ジャパンの面々は遭えなく2つの三振を喫した。
また、その他の軟投派投手にもてこずっていた。メキシカンリーグのマウンドに立つ投手は、基本的にはメジャーがプロスペクトとして求める90マイル(144キロ)を超えることができなかった選手たち。メキシカンリーグに活路を求めた彼らは、低めに変化球を集めることを覚えるのだが、日本の投手ほど細かな制球力は持ち合わせていない。そういう意味では、日本のバッターは、じっくり球を見極めることも必要となってくる。
緻密さを特徴とする日本の野球は、事前データの活用も非常に重んじているが、その分、慣れない相手には弱点を露わにする。とくに打つ方にその傾向が顕著で、今回も圧勝に見えた第2戦も、2回以降は1点しか取ることができなかった。国際大会仕様の打線の強化は今後課題となるだろう。
東京2020に向けて
この秋からは、プレミア12(2019年11月)、東京オリンピック(2020年7~8月)、そしてWBC(2021年)と、トップレベルの国際大会が毎年のように行われる。
当面の大目標は来年の東京五輪での金メダルだが、メジャーの主力組が不在となる今大会で、日本が負けるわけにはいかない。メンバー的には、今回のメンバーの中からふるいにかけられた一握りの選手が、「常連組」も招集されるプレミア以降のジャパン入りを果たすことになるはずだ。
一方、今回の相手であるメキシコにも、シーズンを終えた「アメリカ組」が加わることは間違いない。
名前が挙がりながら、今回は参加しなかった「日本組」のビヤヌエバ(巨人)やナバーロ(阪神)が加わる可能性も高い。プレミアに関しては、日本はすでに開催国枠でオリンピックの出場権は得ているものの、決勝ラウンド以降は地元開催であることに加え、前回大会は悔しい形で優勝を逃している。オリンピックの前哨戦としても、無様な戦いはできない。
これからの稲葉監督以下侍ジャパンスタッフの仕事は、他国の分析と、それを踏まえた上での最終的なチーム編成になっていくだろう。残り500日、稲葉ジャパンの試行錯誤はこれからも続いていく。
文=阿佐智(あさ・さとし)