第3回:FA移籍で巨額契約が相次いで締結。球界に押し寄せる値上げの波
野球界に「価格破壊」の波が襲っている。
楽天の島内宏明選手が、何ともユニークな契約更改に臨んだ。
「年俸を下げてもいいから、来年にFAを」と球団に訴えたもの。
14日に行われた契約交渉では現状維持の1億2千万円(推定、以下同じ)プラス出来高でサインしたが、昨年から同額で4年契約を結んでいる。したがって、新たに契約を結び直すには24年のオフを待たなければならない計算だが、「そこを何とか」と言うのだから、“珍要求”である。
島内と言えば、記者のネタに困らない男だ。
「4番は出来るなら打ちたくないですね」。
「打撃タイトルを獲ったら(石井監督が)住宅ローンの頭金を払ってくれないかな?」といった調子で周囲を煙に巻く。ヒーローインタビューでは、どんな発言が飛び出すか、ファンも楽しみにするほどだ。
しかし、今回の突如飛び出したFA宣言は、冗談とは言い切れない。
「違うユニホームを着てプレーしたい。何のために頑張っているんだろうか。モチベーションと言うか、そういうところはでかい」としたうえで、話題が日本ハムからソフトバンクにFA移籍した近藤健介選手に及ぶと「あの金額には負けちゃいます。気持ちが持たない」と7年総額50億円とも言われる巨額契約に驚きを隠さなかった。
報道通りなら、今季1億9500万円だった近藤の新年俸は7億円以上に。実に5億超のアップだ。
それだけではない。西武からオリックスにFA移籍した森友哉選手も4年総額16億円以上で契約。今季年俸は2億1千万円だから、こちらも倍近くに跳ね上がっている。
さらに島内と同日に契約交渉に臨んだDeNA・佐野恵太選手は1億1千万から6千万アップの1億7千万円に昇給。明治大同窓の島内と佐野は共に勝負強い好打者だ。佐野が一昨年の首位打者なら、島内は昨年、打点王に輝き、今年は2人揃って最多安打とベストナインのタイトルを手に入れている。似たような成績で大幅昇給と現状維持。これでは、さすがの島内も心中、穏やかでいられるはずがない。
本人と球団が合意の上で4年契約を結んだ以上、その途中で契約内容の見直しを希望してFAの要求を出しても筋は通らない。だが、承知したうえでも“珍要求”を出すほど、昨今の金銭事情が異常な状態となっているのもまた確かだ。
メジャー挑戦の巨額契約と国内FA市場の相場が急騰
鍵を握ったのは、メジャーに挑戦する吉田正尚、千賀滉大の両選手だ。
すでに吉田はレッドソックスと5年約126億円、千賀はメッツと同じく5年約105億円の巨額契約にこぎつけた。
一方で野手と投手の看板選手が抜けることで大きな穴が開いたオリックスとソフトバンク両球団はチームの弱体化に歯止めをかけるべく、早くから再編成に動いている。特に2年連続でオリックスの軍門に下ったソフトバンクの場合は、来季のペナント奪還が至上命題。
豊富な資金力で近藤以外にも、DeNAから嶺井博希捕手を獲得、さらには今季ロッテの守護神も務めたロベルト・オスナ投手の入団も確実視されている。まさに「カネに糸目はつけない」大補強がFA市場の相場を一気に跳ね上げた格好だ。
かつては、年俸交渉と言えば文字通り1年の働きを査定するものだったが、今ではFA権を持つ選手の立場が強くなり、高額プラス複数年が当たり前。
メジャーではヤンキースのアーロン・ジャッジ選手がこのほど9年504億円の超巨額契約で残留を決めた。こうなると一部の金満球団しか、争奪戦には手が出せなくなる。
日本でも来季のFA移籍が噂される西武・山川穂高選手にソフトバンクが関心を寄せているとされ、早くも「5年50億円」と関係者の間では値踏みも始まっている。もし、実現すれば日本球界初の年俸10億円選手が誕生することになる。
日米では経済規模も違えば、球団の経営規模も大きく違う。だが、日本のスター選手がメジャーで成功すれば国内の5倍も10倍も稼げる時代。大きなうねりは早晩、日本球界にやって来る。
島内が突如、持ち出した再FAの珍騒動。球界の価格破壊が生んだドラマと言えなくもない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)