白球つれづれ~第34回・松坂大輔~
かのイチローは三振しても凡打に終わってもベンチにうつむいて帰ってくることはない。あの宮里藍もどんなに成績が悪い時でも視線を下に落とすことなく胸を張ってラウンドしている。トップアスリートには一流としての矜持がある。勝者のメンタリティーと言っていいかも知れない。
野球の連載なのに鹿島アントラーズのことに触れる。18日に横浜で行われたサッカーのクラブ世界一決定戦、クラブワールドカップ。ヨーロッパ王者というより世界屈指の名門クラブであるレアル・マドリードと決勝の舞台で戦ったのはJリーグ覇者の鹿島だった。
戦前の予想に反して柴崎岳の2ゴールなどで一時は逆転、延長戦の末に敗れたものの手に汗握る展開でジャイアントキリング一歩手前まで迫った戦いは見る者を感動させた。
鹿島のつよさ
誰もが(同試合は世界160カ国以上に中継されている)挑戦者の果敢な戦いに驚きと賞賛を送ったが、さらに驚いたのは敗者の姿だった。主将の小笠原満男を筆頭に誰一人満足そうな笑顔がない。「我々は勝ちにいって負けたのだから悔しい」と本音で語れるのが素晴らしい。
あのレアルに対しても臆することなく、気後れすることのない姿勢はどこから来ているのか? 鹿島の前身である住友金属時代からチームをけん引してきた“神様”ジーコの勝利への執念は、国内最多のタイトル数という形で受け継がれてきた。
王者のレアルに対して守備的になるだけでなく勇猛に戦えるのは、やはりこのチームが敗者の立場を受け入れない、つまり勝者のメンタリティーを持っているからなのだろう。
数々の栄光をつかんできた男の挑戦
ソフトバンクの松坂大輔が背水の生活を中南米のプエルトリコで送っている。彼の地で行われているウィンターリーグ。主にMLBの2Aから3Aクラスの選手が集いメジャーへの狭き門に挑んでいる。
松坂もすでに2度登板して13日の試合では5回を3安打1失点とまずまずの好投。ストレートの球速は140キロ前半と全盛期には遠く及ばないが、ツーシームとカットボールを軸に打たせて取る技巧派への転身を模索しているようだ。
もっとも米国流の野球は比較的早いカウントから打者は振り回してくる。これに対して日本の場合はじっくりと見てくるケースが多いのでコントロールに難のある松坂の変身が本物になるかはまたまだ予断を許さないだろう。
彼もまた勝者のメンタリティーを持っている男だった。横浜高時代から怪物の名をとどろかせて全国制覇。西武では高卒1年目からエースに躍り出て2006年オフにはMLBの名門、レッドソックスとポスティングで契約。6年に及ぶ契約は譲渡金を合わせると実に1億ドル(現レートでは約118億円)と言われた。
レ軍入団後も15勝、18勝と順調に白星を積み重ね、さらに第1回と第2回のWBCでも日本のエースとして2大会連続のMVPに輝いている。文句なしの勝者に大きな転換期が訪れたのはレ軍の3年目以降だ。
もう一度…
高校時代から酷使してきた肩が悲鳴をあげて満足な投球が出来なくなっていく。加えてメジャー流の先発の球数制限も松阪から白星のチャンスを奪っていく。インディアンス、メッツと移籍を繰り返すが肩と肘の手術を繰り返してついに日本球界復帰の決断をするしかなかった。
2014年オフにソフトバンクと3年12億円の破格待遇で契約。しかし、ここでもかつての投球は取り戻せず2年間で一軍の登板は本年10月2日の楽天戦のみ。ここでも1回3安打5失点と無残に打ち込まれている。
期待から失望。周囲からは「月給泥棒」などの罵声が浴びせられる。こうした雑音から逃れて最後の挑戦の場に中南米を選んだ。かつての江夏豊や鈴木啓示らの大エースも肩の勤続疲労によって速球派から技巧派への転身を余儀なくされている。投手の宿命と言ってもいい。契約最終年となる来年は言い訳もきかない。
天国から地獄に突き落とされた大エースの復活はあるのか? 勝ってこそ、いや今だからこそ勝者のメンタリティーを思い出してほしい。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)