白球つれづれ2019~第9回・背水の沢村
本格的なオープン戦開幕を前にした2月下旬、巨人の監督・原辰徳は大きな決断を下した。かつてのセーブ王である沢村拓一の先発再転向だ。この時期の配置転換は珍しい。普通であれば新チームがスタートする前年秋の段階で勝負の場所は決まるものだが、少し特殊な事情もあった。監督復帰が決まった時点で原の頭の中には沢村の先発転向が描かれていたが、面談の結果、本人の希望は抑えとしての復活。ならば春のキャンプの様子を見て、となったわけだ。
迎えた宮崎、沖縄のキャンプ。ブルペンではそれなりの投球を見せていたが、いざ実戦に入ると結果が伴わない。実戦形式に2試合登板したが2回を3失点。開幕を待たずして、先発への再転向と二軍調整が決まった。
「窮屈に野球に取り組んでいる。(先発に戻ることで)生まれ変わったニュー沢村でやってくれると思う」。指揮官は決断の背景をこう語る。もっとも、すべてがバラ色の再転向というわけではない。今年の巨人、丸佳浩や炭谷銀仁朗、中島宏之らの超大型補強でチーム戦力の底上げは出来たかも知れないが、一方で投手陣の台所は依然として不安だらけだ。
先発陣の台所事情
現時点で先発要員を見れば、大黒柱の菅野智之と昨年9勝の山口俊は当確。次にC・メルセデスとT・ヤングマンの名が挙がるものの第5、6番手の先発陣は手探りが続く。ある程度の実績を残す田口麗斗、今村信貴に新人の高橋優貴、さらには故障明けの岩隈久志を獲得。こちらは夏前に本格復帰が出来るかどうか。つまり、期待はしても計算まで立たないのが現状。ルーキー時代の2011年と12年には先発で2年連続2ケタ勝利をマークした沢村の先発適性に賭けてみる決断の背景には、やむにやまれぬ台所事情も見え隠れする。
150キロを超す快速球と切れ味鋭いスライダーとフォークで絶対的守護神として君臨したのは3年前、前年に36セーブを記録すると16年には63試合に登板して37セーブをあげてセーブ王のタイトルを獲得している。だが、翌年からは肩痛を発症、おまけに治療の過程でトレーナー側の施術ミスも手伝って本来の調子を取り戻せぬままかつての輝きを失った。以前、中日の守護神だった岩瀬仁紀(昨季限りで引退)が、こう語ったことがある。
「抑えのマウンドに立つのはいつだって怖かった。抑えて当たり前、ダメなら人の白星を奪ってしまうわけですから」
一度、自信を失ったストッパーの再起は容易でない。もともと、精密機械のコントロールを誇るタイプではなく、アバウトな制球を球威でカバーしていた沢村のような投球スタイルではなおさらのこと。
かつての輝きを再び
一軍を離れた2月28日のジャイアンツ球場では、5年ぶりの先発仕様に取り組む沢村の姿があった。いきなり109球のピッチング。
「100球以上投げるのは本当に久しぶりだが、体力に関しては問題ないと考えている。再転向に際して原監督からはすごく熱い言葉をいただいた。結果として結び付けられるよう一生懸命やるだけ」
巨人には昔から太い中大ラインがある。V9時代の末次利光、高橋善正に始まり現チームにも阿部慎之助、亀井善行に、鍬原拓也。亀井を除いてはいずれも「ドラ1組」だ。沢村が先発時代の2012年、対日本ハムの日本シリーズ第2戦のこと。大事な場面でサインミスを犯した沢村に阿部が歩み寄るとマウンド上で頭をポカリ。「テメー、この野郎、サインを見落としやがって」と一喝のシーンに大学の後輩を鼓舞する姿が見て取れた。その阿部も今季から古巣の捕手に再転向するが、かつての黄金バッテリーが復活するかは、一にも二にも沢村の復調次第。最後に大学の先輩で巨人投手コーチや母校・中大の監督も務めた高橋善正の激も付け加えておく。
「内海や長野といった功労者も放出されてしまうのが今の巨人、沢村もこれがラストチャンスと思って必死にやって欲しい」
あの輝きを取り戻せるか? 最後の勝負が始まった。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)