最終回:長期政権に潜む「ひずみ」と言う落とし穴
交流戦開幕の24日、オリックス戦で原辰徳監督が大きな節目の勝利を手にした。
監督通算1181勝は元楽天・星野仙一氏と並ぶ歴代10位。翌25日の同カードでは、さらに勝ち星を加え単独10位の記録となった。1位の鶴岡一人氏(元南海)の1773勝には、遠く及ばないが、鶴岡氏は23シーズンを指揮している。歴代1位から7位の上田利治氏(元日本ハム)までは、いずれも20シーズン以上にわたって指揮を執った名将だが、原監督は16シーズン途中での数字だから、いかに優秀な指揮官かがわかる。
「まだ新米の1年生。そういうつもりでやっていることが、いいモチベーションになっている」と語る原監督だが、この先どこまで通算勝利を伸ばしていくのか。少なくとも額面通りに受け取れば、勇退はまだ先のことのようだ。
「勢い」の第1期、「円熟」の第2期、そして「集大成」の第3期。3度に渡って名門球団の総帥におさまってきた原時代を振り返ると様々な顔がある。
長嶋茂雄前監督から直々にバトンを受けた2002年にはいきなり日本一。だが翌年3位に終わると監督を辞任、読売グループのドンである渡辺恒雄氏は「読売内の単なる人事異動」と語った。
3年後に監督に戻ると10年間で6度のリーグ優勝に2度の日本一を果たして確固たる地位を築いた。そして、19年からスタートした3期目もリーグ優勝2度と昨年の3位。今ではチームの編成権も握る、実質上のGM兼任監督と言っていい。
「育成と勝利」は喫緊の課題
指揮官としては、変幻自在の将である。
チームが勢いに乗るとヒットエンドランや重盗を仕掛ける。か、と思えば、5月13日の中日戦では中田翔選手にプロ15年目で初となるバントを命じる。制球を乱した高橋優貴投手には、勝利投手目前でも降板を命じた。
仕掛け好きは長嶋元監督譲りなら、非情なほどの勝利至上主義とフォア・ザ・チームの精神は川上哲治元V9監督や藤田元司監督に通じる。
本人は「温故知新」と言う言葉を用いて、古いことも大事にしながら、新しいことにチャレンジも厭わない。
原監督は昨年オフ、新たに3年契約を結んだ。契約通りなら少なくとも24年のシーズンまでは指揮を執ることになる。
そんな中で新たに打ち出したチーム方針が「育成と勝利」だ。昨オフには、これまでのFAやトレードによる強化策を封印、自軍の底上げを決断した。他球団に比べて、外部からの人材導入に熱心なあまり、若手が育ちにくい環境にあった。
180度の方針転換は投手陣の若返りを生み、昨年ドラフト1位の大勢投手は今や絶対的な守護神に成長した。シーズン途中には坂本勇人、菅野智之という投打の看板選手が故障戦列離脱すると、勝利はおぼつかない。まさに「育成と勝利」は喫緊の課題なのだ。
原監督が好んで使う言葉に「フロントページ」というものがある。打者ならクリーンアップに1、2番打者。投手なら先発を任せられる絶対的な存在。人気と実力を兼ね備えたスタープレーヤーのことだ。今の巨人を見渡すと坂本、菅野に岡本和真、丸佳浩選手らがそれにあたるが、投手陣に至っては菅野の次の名前も出て来ない。さらに彼らの中で20代は岡本ただ一人、過去は人気と実力を兼ね備えることで球界の盟主と称されたチームは、確かに曲がり角に差し掛かっている。
ここへ来て、指揮官は吉川尚輝選手を3番に据えている。5月上旬の広島戦で死球を受けて骨挫傷のため一時、戦列を離れた吉川だが、今季は打棒絶好調で首位打者すらうかがえる位置にいる。本来なら元の1番打者に戻すのが順当だが、4番の岡本の前に勝負強い吉川を配置するのも、新たなチャレンジを好む原監督らしい。ここで結果を出せば「フロントページ」の中に、吉川を加える計算もあるはずだ。
長期政権ならではの安定感とそこに潜む「ひずみ」と言う落とし穴。一時期のどん底状態は脱したかに見えるが、グレゴリー・ポランコ、アダム・ウォーカーの新外国人選手に引っ張られる打線と、戸郷翔征、クリストファー・メルセデス以外に安定感のある先発陣が見当たらない現状では、まだまだ心もとない。
交流戦を上々の戦いで滑り出したかに見える原巨人。例年なら交流戦で勢いをつかんだチームが好成績でシーズンを終える例は多い。若さや未知数は不確定な要素があることも確かだが、勢いを加速させる楽しみもある。
熟練の指揮官がどんなタクトを振ってチーム改造を完結させるのか。通算勝利でも名将の仲間入りを果たした原監督、改めて真価の問われる時期がやってきた。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)