31歳で通算満塁本塁打日本記録タイの中村剛は驚異的…
“おかわりくん”こと中村剛也(西武)が通算15本目となる満塁ホームランを放った。これで王貞治(元巨人)に並ぶ日本記録タイの偉業。年齢を考えたら驚異的なハイペースであり、今後どこまで記録を伸ばしていくのか期待が膨らむ。
このおかわりくんについては別格の感があるが、1990年代にもこの「世界の王」に肉薄したスラッガーたちがいた。今回はその中からインパクトの強かった選手を独断で3人厳選。カウントダウン形式で紹介していこう。
通算満塁本塁打は14本!シーズン3本を2度記録した中村紀洋
特徴としては、2年連続で満塁本塁打を年間3本も打っていること(2000年、2001年)。勢いに乗っていた頃の破壊力が数字からも見てとれる。
ただし、実はおかわりくんも今回の15本目が出たことで満塁弾年間3本は2度目となり中村紀に並んだ。また、1960~1970年代に活躍した江藤慎一(元中日他)も2度記録しており、「中村ノリならでは」のインパクトととしては薄らいでいる。
続く第2位は通算13本の駒田徳広(元巨人他)とした。通算数で中村紀よりも少ないのに順位を上にしたのは、満塁と縁がある活躍が多かったためだ。
巨人時代の1983年の開幕第2戦でプロ入り初打席・満塁本塁打という衝撃的なデビューを飾った駒田は、引退後の今でも「満塁男」という異名が残るほど満塁に強かった。
通算本塁打195本のうち満塁本塁打が13本。王が868本で15本、おかわりくんが301本で15本(7月27日現在)であることを考えると、満塁ホームラン率は極めて高いことがよくわかる。
デビュー時の衝撃の強さとその後の巨人での活躍ぶりから1980年代の選手と思われがちだが、フリーエージェントを宣言して横浜(現DeNA)に移籍した1994年以降も、1999年まで毎年コンスタントに1~2本の満塁弾を放っており、1990年代においてもその名にふさわしい活躍ぶりを示していた。
オリックスのパ・リーグ2連覇に貢献した藤井
そして、第1位は通算14本の藤井康雄(オリックス)の功績を讃えたいと思う。
1980年代後半から2000年代前半まで息の長い活躍をしていたため、1990年代に放った満塁ホームランは7本であるが、仰木彬監督が指揮をとり、イチロー(現マーリンズ)や、その後メジャーリーガーとなった田口壮など、スピード感ある外野陣が2年連続リーグ優勝の中心であった1994~1995年の2年間で3本の満塁弾をかっ飛ばしており、ニール、D.Jといった外国人選手以外に一発屋の少なかったオリックスで貴重な役割を果たしていた。
また、1990年代からははずれてしまうが、2001年には代打満塁本塁打を3本打っており、これは日本記録となっている。そのうち、9月30日に打った1本は「3点ビハインドからの代打逆転サヨナラ満塁ホームラン」という最高に近い状況でのホームランだった。
だが、藤井がこの一発を放ったのは、「3点ビハインドからの代打逆転サヨナラ満塁」に“優勝決定”までついた超劇的ホームランを北川博敏(当時近鉄)が打った4日後のことであり、すごいことをしたのに「出るときは出るものだなぁ」と、微妙な空気になってしまったのが少し可愛そうだった。それがなければ、もっともっと大騒ぎされていただろうに…。
以上でベスト3はすべて紹介したが、1990年代にプレーしていながら今回やむなくランキング外にした選手には、江藤智(元広島他)、小久保裕紀(ソフトバンク)が駒田と同じ通算13本。今も現役の井口資仁(ロッテ)が12本の満塁ホームランを打っている。やはり、こうして見ると、華のある顔ぶれが揃っているという印象だ。
満塁ホームランというのは、野球においてはそれほどインパクトの強い出来事ということなのだろう。
文=キビタキビオ(きびた・きびお)