オリックスの4年目、内藤鵬内野手が持ち味の長打力を発揮し「右の大砲候補」として存在をアピールした。
“衝撃的” なデビューだった。2年ぶりの1軍昇格を果たした5月23日の西武戦(ベルーナD)で、「4番・一塁」で起用されると、4打数2安打。安打の森友哉選手を一塁に置いた第2打席では、左へフェンス直撃の二塁打。柵越えにならず、本塁を突いた森友の好走塁も西武の好守備に阻まれて、「初本塁打、初打点」はならなかったが、長打力を示すことはできた。
内藤は愛知県出身。日本航空石川高時代に通算53本塁打を放ち、「右の大砲候補」として2022年ドラフト2位でオリックスに入団。しかし、プロ入り後は大きなけがに見舞われ続けた。1年目の5月5日の2軍阪神戦で、走塁中に相手野手と交錯、左膝鏡視下外側半月板縫合手術を受けた。10月のフェニックス・リーグで復帰したが、2年目の春季キャンプ中の守備で左肩を脱臼し、2年連続して大きな手術を受けることになった。
飛躍を誓った3年目は、大きな怪我をせず主に「4番」として122試合に出場し経験を積んだが、打率.227と打撃の状態を大きく上げることができず、1軍に昇格できないままシーズンを終えた。
吉報は、いきなりやってきた。ナイトゲームだった22日の阪神戦(SGL)の試合前練習のアップ中に昇格を告げられ、その夜のうちに埼玉県内の宿舎に移動、先発投手の映像をタブレットで確認するという慌ただしさだった。ファームでの打率.219は1軍レベルには達していなかったが、ファーム西地区トップの25打点、サヨナラ2ランを含む3本塁打と35安打のうち二塁打12本という勝負強さと長打力が首脳陣に買われたのはいうまでもない。
先発出場がわかったのは、ベルーナDでの練習中だったという。近付いてきた岸田護監督から「結果を気にせずやってくれたらいいから」と声を掛けられ、最後に「今日、4番でいくからね」と告げられた。昨年まで2軍監督として指導を受けてきた波留敏夫・1軍ヘッドコーチからは「ミスを恐れるな」と気合を入れてもらった。1打席目の初球のカーブに反応してファウルになったのも、積極的な打撃を心掛けた証左だった。
連日の早出特守で小島脩平・2軍守備走塁コーチと鈴木昂平・育成コーチの指導で、守備力も向上した。三塁だけでなく、遊撃や二塁で打球を処理する練習を重ねた。「元々、強い打球には強かったのですが、緩い打球にも対応できるようになりました」と小島コーチ。守りの不安が解消されつつあることも、1軍登用の理由だったのだろう。
今季、忘れられない打席がある。4月2日のファーム交流戦のDeNA戦(杉本商事Bs)だ。0‐2の9回2死満塁から来田涼斗選手の2点適時打で追いつき、池田陵真選手の四球で再び満塁に。回ってきた打席で、内藤は3球で追い込まれ、4球目、146kmのストレートを見送りゲームセット。
「あれは悔しかったですね。前の打者がツーアウトから打っていて。初球(の直球)を見逃したのですが、その初球が一番、甘かったんです。最後は絶対に大きいのはいらない、何かコトを起こさないといけないと思っていたんですが、いいところにビシッと決まって手が出なかったんです」。試合後は、次戦に備え名古屋に移動だったが、新大阪駅に向かう車中や新幹線の中でも、その打席のことしか考えることができなかった。翌日の中日戦で放った1号ソロは、汚名返上の気持ちが形となったという。
1軍昇格を果たさなければいけない理由もあった。昨年9月、知人を通して親しくなったミュージシャンのtani yutoさんが制作してくれた登場曲「帆」ができあがった。タイトルの「帆」は名前の「鵬」をイメージしたもので、「帆を立てろ今 その時だ 無駄にしない努力 どこまででも飛んでみようか 夢に一歩一歩」と、スタンドまで舞い上がる打球を思い起こさせる。登場曲は、基本的に1軍でのホームゲームにしか聞くことはできない。本拠地の次戦は5月28日の中日戦になる。
西武戦では初安打の後、二塁けん制に刺される場面もあった。21歳。すべて経験だ。「これからも、しっかり結果を残して生き残りたいです」と内藤。「右の大砲候補」から「右の大砲」へ変身してみせる。
取材・文=北野正樹