白球つれづれ2017 ~第5回・異なる哲学~
買い物上手と言うべきか。ヤクルトのプロ13年目、鵜久森淳志がど派手な一振りで開幕カードの主役に躍り出た。
2日に行われたDeNAとの第3戦。延長10回一死満塁の初球だった。須田幸太の内角へのストレートを振り抜くと前進守備の左翼・筒香嘉智が全く動けないままスタンド中段に突き刺さる代打サヨナラ満塁ホームラン。球団史上35年ぶりの快挙なら開幕カードという限定の代打サヨナラ満塁弾となれば史上初のおまけつき。
その直前の9回にも満塁サヨナラの好機をつかみながら主砲の山田哲人、W・バレンティンが連続凡退したあとにこんなドラマが起こる。それも一昨年には日本ハムを戦力外通告された苦労人が最高のお立ち台に立つのだからスポーツは面白い。ちなみに鵜久森の推定年俸は1300万円だからこの劇弾だけでモトを取ったと言ってもいいだろう。
もう一人のお買い得候補
ヒーローにはなり損ねたが、チームにはもう一人のお買い得候補がいる。昨年限りでロッテを戦力外となり今春2月のキャンプでテスト採用された大松尚逸だ。こちらも9回に代打起用されると移籍後初安打。かつてはロッテの四番を任された左の大砲だ。
昨年春のイースタンリーグに出場中、右アキレス腱を断裂して絶望の淵に立たされている。球団は二軍コーチの座を用意したが現役続行の意思をもつ大松は拾われるようにしてヤクルトのユニフォームに袖を通した。こちらの年俸は800万円。「共にうちの代打の切り札」(真中監督)と言うのだから、このお買い得コンビが今後どんな働きをするのか期待は高まる。
有り余る戦力
そんなツバメ軍団とは対照的に有り余る戦力で開幕3連勝を飾ったのが巨人だ。
初戦から阿部慎之助のサヨナラ弾で勢いをつけると3戦目はC・マギー、森福允彦、A・カミネロらの新戦力がフル回転。ファームに目を転じると142勝の左腕・杉内俊哉が快投を演じ、昨年の一軍助っ人だったギャレット、クルーズも名を連ねている。まさに他を圧する巨大戦力だ。
ペナント奪回を誓う高橋巨人の今季のキャッチフレーズは「一新」だが、文字通り野手で安泰なのは阿部と坂本勇人と小林誠司くらい。昨年の反省から手薄だった代打陣に村田修一、亀井善行らを配し、早速結果を出している。
もっとも、少し厳しい見方をすれば開幕相手の中日は他球団に比べれば戦力的に劣る最下位候補、加えて本拠地・東京ドームの地の利もあった。この勢いがDeNA、阪神と続くビジターでも継続されるか。注目の一週間となる。
「何とか恩返しがしたい」
勝利へのあくなき追及を使命とする名門球団と歴史も浅くどこかアットホームなファミリー球団。その哲学の違いがチーム作りにも色濃く反映されている。前述の大松が移籍初安打を放ってベンチに戻ってくると首脳陣から選手まで全員で喜びを分かち合う。
「僕らは一度死んだ身、拾ってもらった球団に何とか恩返しがしたい」と鵜久森は言う。ヤクルトという球団はこれまでも由規や館山昌平ら故障が長引いて他球団ならとっくに戦力外を宣告されてもおかしくない選手でも4年、5年と辛抱強く復活を待ち続けてきた。野村克也の監督時代は評価の低い選手や衰えの見え出したベテランを獲得してはやりくりをして「再生工場」と呼ばれたこともある。
確かに巨大戦力の巨人とソフトバンクはその強みを存分に発揮して好発進を見せた。でも、野球評論家諸氏の予想通りにいかないのも毎年のペナントレース。戦力外のレッテルを貼られ、屈辱から這い上がる男のドラマが予想外の波乱を巻き起こすならそれもいい。いつだって、日替わりヒーローの生まれるチームは主役の座が約束されている。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)