50試合、183打数で三振はたったの7個!
オリックスの吉田正尚が好調だ。
昨季首位打者を獲得して迎えたプロ7年目の今季は、5月27日終了時点で50試合に出場して打率.350はパ・リーグトップ。そして凄いのは、とにかく三振をしないことだ。
ここまで、183打数で三振はたったの7個。パ・リーグで規定打数に達している打者で次に少ない鈴木大地(楽天)が193打数で15個なので、一桁の三振数が際立つ。
昨季も120試合に出場して408打数の29三振と少なかったが、このままのペースでいけば、昨季より少ない三振数になる可能性もあり、1シーズンの三振数が「20」を下回ることも考えられる。ちなみに、規定打数に達した打者でシーズン三振数が「20」を下回ったのは、今から36年前、1985年の上川誠二(中日)の18三振(385打数)が最後となっている。
歴代1位は、「打撃の神様」のシーズン6三振
では、三振数が少なった選手はどんな顔ぶれが並んでいるのか。1950年以降で、規定打席に到達し、シーズン三振数が少なった選手たち上位10名の三振数、三振率(三振数÷打数)を出してみた。
※球団名は当時のもの
▼ 1位
・川上哲治(巨人):6三振(374打数)三振率1.6%<1951年>
・酒沢政夫(大映):6三振(363打数)三振率1.7%< 1951年>
▼ 3位
・得津高宏(ロッテ):7三振(391打数)三振率1.8%<1978年>
▼ 4位
・武智 修(広島):8三振(411打数)三振率1.9%<1951年>
▼ 5位
・木村 勉(松竹):10三振(360打数)三振率2.8%<1950年>
・藤田宗一(国鉄):10三振(473打数)三振率2.1%<1950年>
・河西俊雄(大阪):10三振(385打数)三振率2.6%<1951年>
▼ 8位
・河西俊雄(大阪):11三振(351打数)三振率3.1%<1950年>
・野口二郎(阪急):11三振(332打数)三振率3.3%<1950年>
・別当 薫(毎日):11三振(398打数)三振率2.8%<1951年>
1位は両リーグで同年に達成されたが、その内容はだいぶ異なるもの。川上哲治は打率.377で首位打者を獲得し、MVPも受賞。2リーグ制になってから初となる巨人の日本一に大きく貢献するなど、「打撃の神様」の異名通りの活躍を見せた。一方、大映の酒沢政夫は、打率.220で規定打席到達選手42人中38位と打撃成績がよかったわけではない。
この川上、酒沢の成績をはじめとして、上記ランキングの上位を占めたのは、1950~51年の2年のものがほとんどである。この2年で延べ39人が打率3割を記録するなど、基本的には打高投低の傾向が顕著だった時期で、14チームでもっとも奪三振を多く奪った1951年の国鉄ですら、チーム奪三振の総数は498個と現在のおよそ半分程度。当時は、投手が三振をとるのに苦労していたようだ。
1950年、1951年以外では、唯一1978年の得津高宏の名前があがる。得津は、現役16年間で927安打、打率.288というヒットメーカーだが、3222打数でわずか188三振(三振率5.8%)しかしなかった。NPB歴代5位となる176打席連続無三振記録を樹立したことでも知られるが、この年は規定打席に到達しながら三振数はわずか「7」。ドラフト制度導入後では、最少の記録となっている。
1980年以降になると、投手のレベルが上がったためか、各打者の三振数は増加していく。ちなみに、直近5年のシーズンで三振数が最少だった選手は以下のとおり。
・藤田一也(楽):44三振(408打数)三振率10.8%<2016年>
・宮崎敏郎(De):44三振(480打数)三振率9.2%<2017年>
・島内宏明(楽):45三振(394打数)三振率11.4%<2018年>
・宮崎敏郎(De):35三振(433打数)三振率8.1%<2019年>
・吉田正尚(オ):29三振(408打数)三振率7.1%<2020年>
昨季の吉田が1992年の正田耕三(29三振)以来、28年振りにシーズン30三振を切ったが、それ以外の選手は30三振以上を喫しており、三振率は8~10%台となっている。
現在、吉田の三振率は3.8%だ。その率をこのまま一桁台にとどめ、合計の三振数を20三振以内に収める可能性もある。もちろん、吉田の凄さはただ三振をしないだけではない。リーグを代表する強打者であるにもかかわらず、これだけ三振をしない打者というのは、相手投手からしたら厄介極まりないはずだ。36年ぶりの「20奪三振以下」という快挙なるか、注目だ。
▼ 吉田正尚(オリックス)
50試合 打率.350(183-64) 11本塁打 32打点
7三振 24四球 4死球 出塁率.432 長打率.579 OPS1.011
文=福嶌弘(ふくしま・ひろし)