9月連載:個人タイトルの行方
ペナントレースがいよいよ「秋の陣」に突入した。白熱の戦いは残り40試合近くとなり、ここからどんなドラマが待っているのか、ファンも目が離せない。
優勝争いだけでなく、個人タイトル争いも佳境に入っていく。打者なら1打席、投手なら1球で明暗の分かれる正念場だ。逃げ切りを図りたい男がいれば、逆転に賭ける男もいる。プロフェッショナルが最後の力を振り絞る戦い。もう一つのデッドヒートの舞台裏に迫ってみたい。
第1回:新旧首位打者のマッチレース
9月1日のロッテ戦。森が3安打の固め打ちで打率を「.331」に伸ばすと、直近4試合で1安打だった吉田も久々のマルチ安打で「.333」として2厘差に。2日は吉田がソフトバンク戦に出場するが、西武は試合なし。いずれにせよ、この戦いは最後までもつれそうな予感がする。一昨年の首位打者が森なら、昨年は吉田がタイトルを手にしている。さながら“王者決定戦”の様相だ。
「五輪ブレーク」前、7月14日時点の打撃成績を見てみる。
トップを快走する吉田が「.343」と2位の岡島豪郎(楽天)以下を引き離している時点で、森は「.304」の5位。その差は4分ほどあった。もっと遡れば、5月末時点で森の打率は「.286」の8位で、吉田からは6分以上の開きがあった。なぜ、ここまでの猛追が可能になったのか?「夏男」森の真骨頂が発揮されたからだ。
暑い季節は大好きという森のバットが8月に入ると猛威を振るう。何と42打数20安打で月間打率は「.476」という驚異の数字。同月17日のロッテ戦では5打数5安打の固め打ちで成績は急上昇。月末にコロナ特例に該当して抹消される思わぬ出来事もあったが、4試合の欠場で戻ってくると、すぐさま猛打賞だから急降下の心配はいらない。
これに対して、開幕からコンスタントに3割以上をマークしてきた吉田は、8月の月間打率が「.255」と低迷して、森の急追を許す形となった。
両雄一騎打ちの背景には「五輪ブレーク」が微妙に影を落としている。東京五輪開催中の約1カ月間、公式戦が休止となり多くの選手は調整とリセットの期間が可能になった。
残り40試合を切った戦い
森の場合はシーズン当初からチームに故障者が続出して苦しい戦いが続いた。山川穂高や外崎修汰ら前後を固める主力選手の離脱は、当然、森へのマークの厳しさにつながった。チーム状態が悪ければ捕手としての責任も人一倍のしかかる。こうした悪循環を断つ意味でも「五輪ブレーク」が役立つたことは想像に難くない。
逆に侍ジャパンの主力として金メダル奪取に貢献した吉田にとって激闘の代償は疲労として残る。加えて、チームは25年ぶりのリーグ優勝に向けてひた走っている。相手チームの吉田対策は日に日に厳しさを増して行くのだから“包囲網”を突破するのも容易ではない。
卓越した打撃技術は二人に共通している。西武の辻発彦監督が「天才的」と舌を巻く森の内角球のさばきに加えて、高めのストレートにめっぽう強い。対する吉田は「マッチョマン」と呼ばれる筋力を生かした力強い打球だけでなく、三振数はリーグ最少の25。(1日現在、以下同じ)豪快さとしぶとさが同居する稀有な存在である。共にフルスイングが持ち味ながら、追い込まれると逆方向への安打が打てる。これも打率が残る秘訣だ。
そんな甲乙つけがたいバットマンレースには興味深いデータもある。
吉田が対西武で「.409」の好成績なら、森も対オリックスに「.353」のハイアベレージ。共にチーム別ではトップの相性の良さを誇る。つまり、この先も直接対決で安打を量産した方がタイトルに近づくという仮説も成り立つ。投手をリードする森にとっては、これ以上打たせるわけにはいかない。
優勝と首位打者を狙う吉田には、計り知れない重圧がかかる。前後を打つ宗佑磨や杉本裕太郎らの調子次第では四球で歩かされるケースも増えてくるだろう。それらの困難をはねのけて、バットに輝きが戻れば「W」の栄冠が手に入る。
勢いのある森か? コンスタントな実績を誇る吉田か?
本塁打や打点と違って日々、上がったり下がったりするのが打率争いの面白さであり、怖さでもある。最後は3割4分前後の勝負と予想するが、左の天才打者ふたり、最初にゴールに飛び込むのはどちらになるか。球史に残る名勝負を見てみたい。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)