シャーザーから大野へ、大野から小笠原へ…
6年前に伝えられた言葉を、伝えていた。
中日・大野雄大は今年1月、沖縄・北谷町で自主トレした。
昨季、初めて規定投球回に到達した小笠原慎之介と一緒だった。
3週間近くともにした日々を振り返り、「慎之介は昨年の秋のキャンプから意識が変わりました。今年、抜かれるかなとも思いました。僕をやる気にさせてくれました」。
気になったのは最後の部分。「僕をやる気にさせてくれた」。はて、どこかで聞いたことがある…。
いつの出来事か考えた。行き着いたのは2016年1月。大野はアリゾナにいた。当時ナショナルズに在籍し、現在メッツのマックス・シャーザーと同じトレーニング施設で体を動かすためだった。
最終日、左腕はサイ・ヤング賞投手と緊張した面持ちで握手を交わした。そのとき、のちの沢村賞投手は、こうエールを送られたと記憶している。
「僕はアメリカで一定の地位を築いた。日本から海を渡って、トレーニングしにきたのか。そういう選手のメンタリティーが僕をやる気にさせてくれる。早くアメリカに来てくれ。一緒にアメリカでプレーしよう」
記者は2人のやりとりを間近で見ていた。大物メジャーリーガーに話し掛けるタイミングを探りながら、ソワソワしていた大野の姿は初々しくもあった。
ホテルへ戻る車の中。記者は大野に右腕の言葉を伝えた。そのときだった…。
大型SUVの後部座席にいた左腕。ズルッと腰が落ちそうになった。見上げたのは車の天井。そのときに発した言葉は忘れられない。
「やっぱり、一流の言うことはちゃうわ~」
力が抜けた表情を浮かべていた。
まさかの「何でしたっけ?」
あれから6シーズン。左腕は2020年に沢村賞投手の肩書を得た。
昨夏は東京五輪・野球日本代表として金メダル獲得にも貢献。自宅のある愛知県をはじめ、出身の京都府や京都市から表彰されるなど、オフは引っ張りだこ。忙しい日々を送った。
一方のシャーザーは、2016年から2年連続でサイ・ヤング賞をゲット。3年連続で最多奪三振のタイトルに輝いた。
昨オフにはメッツと3年総額1億3000万ドルの契約を結んだと報じられた。1年当たりの年俸はメジャー最高額という。
2月の春季沖縄キャンプ直前。アグレスタジアム北谷にいた大野に聞いてみた。
「慎之介に伝えた言葉、シャーザーに言われたのと同じじゃない?」
記者は、シャーザーの名前でピンとくるものだと思っていた。
「何でしたっけ?」
6年前の言葉と、車内でひっくり返ったエピソードも伝えた。すると、「めっちゃ面白い話じゃないですか」と返ってきた。
本当に忘れていたのか、茶目っ気を出しただけなのか──。表情からは分からなかった。
シャーザーと大野雄大、大野雄大と小笠原慎之介。
シャーザーが絡んだ分だけ、スケールが大きくなるのは当然。だが、どんな組織も人間関係も、刺激を与え、刺激を受けることで発展し、成長していく。
球春到来。新生・立浪竜として動きだした中日ドラゴンズ。
大野は新キャプテンに就任した。どんなキャンプに、そしてシーズンになるのか。追い掛けようと思う。
文=川本光憲(中日スポーツ・ドラゴンズ担当)