ニュース 2016.03.06. 08:00

球界を代表する選手も…侍ジャパンに縁がない選手といえば

無断転載禁止
西武ではキャプテンを務める栗山巧
 侍ジャパンは5日、チャイニーズ・タイペイと強化試合を行い中村悠平(ヤクルト)、平田良介(中日)のタイムリーなどが飛び出し、投手陣の好投が光り5-0で勝利した。6日は場所を京セラドーム大阪に移して戦う。

 侍ジャパンといえば、日本を代表する選手たちが集まるが、一方で毎年のように活躍しながらもプロ入り後、代表に縁がない選手もいる。野手では栗山巧(西武)がその一人。08年にレギュラーに定着し、リーグ最多安打を獲得するなど、日本一に大きく貢献した。しかし、翌年3月に行われた第2回WBCでは、イチロー、福留孝介、青木宣親、内川聖一といった外野手が選ばれたため、日本代表に選出されず。

 その後は、西武の中心選手として活躍するも、WBC前年の12年はシーズン途中に骨折。第3回WBCも代表入りとはならなかった。また、栗山と同じ左打ちの外野手には柳田悠岐(ソフトバンク)、筒香嘉智(DeNA)、秋山翔吾(西武)などが球界を代表する選手に成長したこともあり、日米野球、プレミア12も代表入りを逃している。ちなみに、栗山は09年以降12年を除いて、毎年140試合以上に出場し、その間に打率3割を2度記録しているが、オールスターゲームにも出場したことがない。

 投手では五十嵐亮太(ソフトバンク)がそうだ。98年にヤクルトでプロ入り後、02年から3年連続60試合以上に登板し、04年には最優秀救援投手のタイトルを獲得。故障に悩まされた時期もあったが、08年にセットアッパーに返り咲き。10年から活躍の舞台をメジャーに移し、3年間プレー。13年に日本球界復帰後は、ソフトバンクでプレーし、勝ち試合に欠かせない存在感となっている。

 だが、五十嵐も栗山と同じように代表に縁がない。当時20代前半だった00年のシドニー五輪、04年のアテネ五輪日本代表に選出されなかった。初めてオールプロで挑んだアテネ五輪には、岩瀬仁紀(中日)、石井弘寿(当時ヤクルト)、安藤優也(阪神)、小林雅英(当時ロッテ)といった救援陣が選ばれている。

 その他、最優秀中継ぎのタイトルを獲得したことのある佐藤達也(オリックス)と福原忍(阪神)、プロ入りから8年連続50試合以上登板している宮西尚生(日本ハム)、野手では田中賢介(日本ハム)、福浦和也(ロッテ)などが代表に縁がない。この中から、1年後のWBCに選出される選手は出てくるだろうか。
ポスト シェア 送る
  • ALL
  • De
  • 西