オリックスの2軍が風岡尚幸・新監督のもと、ファーム西地区でソフトバンクと首位争いを展開している。若い選手の育成と1軍への戦力供給を果たしながら、2軍の日本一を決める「ファーム日本選手権」出場と、32年ぶりの日本一を目指す。
「いつも僕が選手に言うのは、前向きに捉えてどれだけ挑戦できるか、ですね」。シーズンがスタートして約3か月。風岡監督が優しいまなざしで選手の動きを追った。
風岡監督は愛知県春日井市出身。中部大春日丘高から内野手として1985年ドラフト5位で阪急(現オリックス)に入団。阪急、オリックス時代は安定した遊撃守備で高い評価を集め、名遊撃手として活躍した弓岡敬二郎さんの後継者として「弓岡二世」と呼ばれた。阪神に移籍し2000年の現役引退後は、阪神、中日、オリックスで1軍ヘッドコーチや守備走塁コーチなど一貫して指導者の道を歩み、今季は2軍ヘッドコーチから監督に就任した。
指導者として選手に求めるのは、明るさだ。「どんな時でも、明るさを失ってほしくないんです。人間って、気分がよい時ばかりではありません。そんな時でもやっぱり、前向きになれることが必要なんです。失敗しても、ずっと引きずったままだと体が持ちません。一喜一憂せず、ブレずにやらなければいけないことを前向きに捉えてやることが一番、大事なんです」。打たれた投手には「(相手の)バッターは打とうと思ってやっているのだから打たれることもあるよ」と声を掛け、結果の出ない野手には「太陽が昇らない日はない。切り替えてやるしかないよ」と背中を押す。先輩後輩の上下関係があまり厳しくなく、単調な練習の合間には選手の笑顔と笑い声が絶えないオリックス。「3分間だけ、黙ってろ」と笑顔で“注意”する水本勝巳・巡回統括コーチを、風岡監督もまたほほえましそうに見守る。厳しさで委縮させるのではなく、明るさを失わず前向きに取り組んでほしいという思いが込められている。
指導者になって四半世紀。約40年前の自分が、今の選手とオーバーラップするという。「僕も(現役時代に)何回も失敗してきたんです。でも、失敗が多いほど、立ち直り方も覚えるんです。いいんです、ハッタリでも。落ち込んでシュンとしていては、幸せになれないんです」
忘れられない指導者もいる。プロ1年目から指導を受けた中田昌宏2軍監督だ。鳴尾高(兵庫)時代に投手として2度、甲子園に出場。慶応大では打者に転向し、1956年秋季リーグでは長嶋茂雄選手らを抑えて首位打者に輝いた。阪急入団後の1961年に29塁打を放ち、野村克也選手と最多本塁打のタイトルを分け合った強打者。中田監督は、新人の風岡選手を起用し続けてくれたという。「今の子たちよりレベルが低かったのですが、使い続けてくれたんです。ずっと、なんで使い続けてくれたんだろうと考えていたんです。なんでやろうと」。自身も2軍監督になって、思い出したことがあった。ある時、中田監督から「試合に出てなんぼ。うまくいかんこともあると思うが、必死になって一生懸命、やりなさい」と声を掛けられたことがあった。
「今、この場所にいることの有難さを感じて、必死にやる。それだけ必死になってやれば、(野球の)神様は必ず見てくれているんです。結局、(レギュラーにはなれず)スーパーサブくらいにしかなれませんでしたが、(選手には)いろんな可能性があるんです」と風岡監督。
3月14日に行われた今季のファーム開幕戦のソフトバンク戦(杉本商事Bs)で、風岡監督は今季新入団の窪田洋祐外野手(ドラフト4位、札幌日大高)を「6番・中堅」、三方陽登外野手(育成ドラフト1位、栃木ゴールデンブレーブス)を「8番・DH」で先発起用した。窪田は1打席目に中前打を放ち、守備でも好プレーをみせた。
「これから新しい選手を使って、新しいものを作っていかなくてはいけません。2、3年後のチームのことも考え、そこに誰がマッチするのかそういうこともやっていかなくてはいけません。そういう場所や環境を作っていくのが僕の仕事だし、技術を伸ばすのはコーチの仕事です。そこをかみ合わせていけば、1軍への戦力の供給はできるのかなと思っています」。勝つという緊張感の中でしか得られないこともある。選手を育成しながらも、勝負にこだわりレベルアップにつなげる。
※今季のファーム公式戦は、東、中、西の3地区に分かれて開催。各地区優勝チームと各地区2位の最高勝率1チームの計4チームによる「ファーム日本選手権2026」は10月3、4日に「しずてつスタジアム草薙」で行われる。オリックスの参戦している西地区は、6月30日現在、首位ソフトバンクをオリックスがゲーム差1.0で追う展開となっている。
取材・文=北野正樹