ヤクルトから戦力外通告を受けた田中浩康が11日、自身のFacebookを更新した。
田中は「本日、球団事務所にて正式に退団することが決まりました」とファンに報告。「12年間お世話になったスワローズを離れる事、寂しい気持ちはありますが、決断をしたので前を向いて頑張っていきたいと思います」と明かす。
また、「ファンの皆さんからの声援は、励みになり、力になり、背中を押されました!! Pricelessな声援、有難うございました。ただ、ただ、ただ感謝の気持ちしかありません。“only KANSHA”」と自身の思いを綴った。
田中は2004年自由獲得枠でヤクルトへ入団。プロ3年目の07年にレギュラーに定着すると、10年には打率.300を記録するなど、長年ヤクルトの正二塁手に君臨した。しかし、13年に開幕から打撃不振が続くと、山田哲人に出場機会を奪われるようになり、同年97試合の出場にとどまった。14年以降は山田がレギュラーに定着し、田中はベンチを温めるシーズンが続き、10月7日に戦力外通告を受けた。
田中は「本日、球団事務所にて正式に退団することが決まりました」とファンに報告。「12年間お世話になったスワローズを離れる事、寂しい気持ちはありますが、決断をしたので前を向いて頑張っていきたいと思います」と明かす。
また、「ファンの皆さんからの声援は、励みになり、力になり、背中を押されました!! Pricelessな声援、有難うございました。ただ、ただ、ただ感謝の気持ちしかありません。“only KANSHA”」と自身の思いを綴った。
田中は2004年自由獲得枠でヤクルトへ入団。プロ3年目の07年にレギュラーに定着すると、10年には打率.300を記録するなど、長年ヤクルトの正二塁手に君臨した。しかし、13年に開幕から打撃不振が続くと、山田哲人に出場機会を奪われるようになり、同年97試合の出場にとどまった。14年以降は山田がレギュラーに定着し、田中はベンチを温めるシーズンが続き、10月7日に戦力外通告を受けた。