イチロートレードの損得を考える
2012年・夏、イチローがマリナーズからヤンキースに移籍した衝撃を今も覚えているファンは多いだろう。しかし、マリナーズに移籍した選手の名前を記憶しているのは余程のメジャー通かマリナーズファンだけだろう。
トレード相手はともに若手投手だった。一人はD.J.ミッチェル。移籍前の2012年にヤンキースで4試合に登板したが、移籍後はメジャーでの登板は一度もなく、2014年は独立リーグでプレーした。
もう一人はダニー・ファークワー。現在28歳の右腕は移籍後の12年はマリナーズ傘下の3Aで過ごすも、13年5月からメジャーに定着し、2年間で合計112試合に登板している。13年には防御率4.20ながらシーズン終盤にクローザーに定着し16セーブを挙げた。14年は中継ぎに配置転換されたが、防御率2.66とセットアッパーとしてマリナーズ快進撃の一端を担った。
トレード当時はそれほど期待値の高くなかった2人だったが、ファークワーは想定以上の飛躍を遂げたといっていいだろう。トレードで常に語られるのが、どちらのチームが得した?損した?という話だが、イチローが絡んだこのトレードはどうだったのだろうか。
まずはイチローとファークワーの移籍後の主な成績を見てみよう(ミッチェルは移籍後のメジャー登板がないため割愛)。
● イチロー
2012年 67試合 打率.322 5本塁打 27打点 14盗塁
2013年 150試合 打率.262 7本塁打 35打点 20盗塁
2014年 143試合 打率.284 1本塁打 22打点 15盗塁
● ファークワー
2012年 移籍後のメジャー登板なし
2013年 46試合 0勝3敗16セーブ 防御率4.20 2ホールド
2014年 66試合 3勝1敗 1セーブ 防御率2.66 13ホールド
上記の成績を見ても、どちらがよりチームに貢献したのかは分かりづらい。そこでWAR(Wins Above Replacement)というセイバーメトリクスの指標を取り上げてみた。幾つかの算出方法があるが、今回はBaseball Reference版(以下BR版)を取り上げる。
WARとは「平均以下の実力で、容易に獲得できる代替可能選手(Replacement)を0」として、BR版ではシーズン8.0以上をMVP級、5.0以上をオールスター級、2.0以上をレギュラー級、0以上を控えレベルと定義している。0未満はマイナーレベルということになる。
イチローとファークワーの数値の前に2014年のメジャートップ3を見てみると、ドジャースのカーショーが8.0で1位、次いでエンゼルスのトラウトが7.9で2位、そしてアスレティックスでプレーしたドナルドソン(現ブルージェイズ)とインディアンスのクリューバーがともに7.4で3位となっている。この数値が示す意味は、カーショーの場合、「“代替可能選手”と比べて8.0勝の上積みをチームにもたらした」ということになる。ではイチローとファークワーの移籍後の数値はどうだったのか。
● イチロー 0.2/0.8/1.0(=合計2.0)
● ファークワー なし/0.0/1.1(=合計1.1)
(※左から2012年/13年/14年)
ともに控えレベルの数値しか残していないが、2014年はファークワーが僅かながらイチローを上回った。ただしコストパフォーマンスという観点でみると、2013年から2年総額1300万ドル(当時のレートで約11億円)の年俸を得たイチローに対し、ファークワーは2014年の年俸が50万ドルと格安。同選手の伸び代を考えると、マリナーズが得をしたと言ってもいいのかもしれない。
今やマリナーズに欠かせないセットアッパーにまで成長した右腕。グッズ売り上げなどイチローがヤンキースにもたらした要素なども大きいだろうが、あくまでもプレーヤーとして比較した場合、数年後には“マリナーズの一人勝ちだった”という評価になっていてもおかしくはない。