コラム 2015.10.26. 17:00

見る者の心を打った99年世代最強左腕・河内貴哉のマウンド

「怪物」が「人間」に戻った瞬間


 甲子園で伝説を残した松坂大輔(現・ソフトバンク)が、勢いそのままにプロの世界で「自信」を「確信」に変えるほどに暴れていた1999年。高校野球界で最も注目された選手は、國學院久我山高の左腕・河内貴哉だった。

 当時、東京の高校球児にとって、河内は誰もが知る存在だった。わたしもそのなかのひとりだったが、どんな投手なのかは高校野球雑誌で読んだり、噂で聞く範囲でしか知らなかった。初めてピッチングを見たのは1999年夏の西東京大会決勝、日大三高戦だった。

 そんなわたしは、すでに無残な負け方をして高校野球を引退しており、自分の出られない甲子園は心情的に苦しくて見られなかった。それでも、自分が負けた地方大会の決勝だけは気になってテレビで観た。そこで河内という投手がいかに「怪物」だったかを思い知らされることになる。

 180センチ台後半の長身痩躯。スリークォーターの強靭な腕の振りから放たれる140キロ台の剛速球とキレ味抜群のスライダー。和製ランディ・ジョンソンと呼ぶにふさわしい才能を見せつけるように、日大三高打線を抑え込んでいた。

 日大三高は強打線を武器に同年春のセンバツに出場し、夏の西東京大会でも準決勝で岩隈久志(現・マリナーズ)擁する堀越高をコールドで破って決勝戦に進出していた。

 その日大三高打線を5回まで完璧に抑え込んだ河内だったが、球数の増えてきた6回に1点を失う。そして4対1と3点リードで迎えた8回表、今でも忘れられないシーンがあった。二死二、三塁から、河内は日大三高の3番打者を凡フライに仕留める。ところが、そのフライを國學院久我山のショート、センター、ライトがお見合いして打球が落ちてしまう。その瞬間、河内は露骨に気落ちした態度を見せ、両膝をグラウンドに着いて正座のような格好になった。

 それまで猛暑の夏の大会を投げ抜いてきた疲労もあっただろう。だが、この瞬間、無双を誇っていた怪物は感情をもった人間に戻ってしまったように見えた。その直後、河内は逆転ホームランを浴びる。

 結局、試合は延長12回までもつれた末に日大三高が8対6で國學院久我山を下した。壮絶な戦いのなかで、河内の才能を見せつけるには十分な投球だったが、どうしてもあの膝を着いたシーンだけが気になった。


左肩を故障……それでも河内は投げ続けた


 同年秋のドラフト会議、河内は近鉄、中日、広島の3球団から1位指名を受ける。甲子園出場経験のない高校生の重複1位指名は江夏豊(元・阪神ほか)以来、33年ぶりだった。当たりクジを引き当てた広島・達川晃豊(現・光男)監督が、ポケットに忍ばせていた煙草『ラッキーストライク』をカメラに見せつけたシーンは有名だ。

 148勝、138セーブを挙げた球団史に残る左腕・大野豊の背番号「24」を引き継ぎ、プロ1年目から巨人戦で勝利を挙げるなど、順風満帆に見えた河内のプロ野球人生。だが、プロ5年目の2004年にオールスター戦に出場し、8勝をマークしたこと以外、目立つ活躍はできなかった。

 フォームもサイド気味にするなど試行錯誤を繰り返し、ついには左肩に重傷を負って手術まで経験した。2010年からは育成選手となり、背番号は「124」に。高校時代は河内より注目度の低かった岩隈がプロで華々しく活躍するなか、もはや河内は終わったと思われていた。

 それでも、河内はあきらめなかった。リハビリの末に2011年にウエスタンリーグで復帰登板を果たすと、2012年には支配下選手登録となり、背番号「24」を取り戻した。そしてリリーフとして1482日ぶりに一軍の試合に登板。さらに8月16日のヤクルト戦では、2904日ぶりに勝利投手になった。

 その頃、神宮球場のブルペンで登板に備える河内を見たことがある。膝下まで上げた赤いストッキングが印象的だった。そして全盛期よりも腕の位置を下げ、早く肩をつくるためか、ものすごく速いテンポで投げ込んでいた。

 もはや140キロを超える剛速球は投げられない。だが、それでも勝負の世界にしがみつき、死に物狂いで投げる河内の姿は、高校時代よりも見る者の胸を打った。

 2015年10月1日に戦力外通告を受け、「カープで良かったと思える16年間でした」とコメントした河内。通算成績は16勝28敗23ホールド。入団時のファンの期待に応えられたとは言いがたい。それでも、河内貴哉の存在に励まされて時を過ごしてきた人間は、きっとたくさんいることだろう。

文=菊地高弘(きくち・たかひろ)

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