巨人の山口鉄也投手がリーグ優勝を決めた26日DeNA戦の9回からマウンドに上がり、今季60試合登板を達成。自身が持つプロ野球記録を更新する7年連続60試合登板を飾った。また、シーズン60試合以上登板の通算記録も7度を数え、昨年まで6度で並んでいた稲尾和久氏、秋山登氏を抜き、プロ野球史上単独トップに躍り出た。
今季60試合目の登板は3点リードの9回に訪れた。山口は普段どおり投球練習を終え、代打石川を迎えた。石川を2球目のシュートで二ゴロに打ち取ると、続く代打梶谷も右飛に抑えて簡単に2死とした。最後は、守護神・マシソンにマウンドを譲るも、優勝が決まる大一番の試合でも淡々と仕事をこなした。
山口は2005年に育成ドラフトで巨人に入団。2007年に支配下登録されると、その年は32試合に登板。中継ぎとして頭角を現すと、翌2008年からは左のワンポイント、セットアッパーと幅広い活躍で67試合に登板し、11勝を挙げる大活躍を見せた。
これまで、先発挑戦や抑え抜擢など、様々な役回りを与えられてきた山口。それでも、大きな故障もなくチームを支え続けた鉄腕ぶりは、常勝巨人を支える大きな原動力となっている。毎年シーズン前には勤続疲労が心配される中、黙々と年間60試合登板を積み重ねた上での記録。まさに“鉄腕”山口に相応しい、輝かしい記録である。
今季60試合目の登板は3点リードの9回に訪れた。山口は普段どおり投球練習を終え、代打石川を迎えた。石川を2球目のシュートで二ゴロに打ち取ると、続く代打梶谷も右飛に抑えて簡単に2死とした。最後は、守護神・マシソンにマウンドを譲るも、優勝が決まる大一番の試合でも淡々と仕事をこなした。
山口は2005年に育成ドラフトで巨人に入団。2007年に支配下登録されると、その年は32試合に登板。中継ぎとして頭角を現すと、翌2008年からは左のワンポイント、セットアッパーと幅広い活躍で67試合に登板し、11勝を挙げる大活躍を見せた。
これまで、先発挑戦や抑え抜擢など、様々な役回りを与えられてきた山口。それでも、大きな故障もなくチームを支え続けた鉄腕ぶりは、常勝巨人を支える大きな原動力となっている。毎年シーズン前には勤続疲労が心配される中、黙々と年間60試合登板を積み重ねた上での記録。まさに“鉄腕”山口に相応しい、輝かしい記録である。