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チームのベースを作った濃密な野村監督時代 -楽天の10年を振り返る (2)-

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名選手・名将として 球史に名を残した野村克也さん(C)KYODO NEWS
 楽天がチーム創設10年目となった14年シーズンを最下位で終えた。前年のリーグ制覇&日本一からの転落劇であったが、これまで3位以外すべての順位を経験し、濃密な10シーズンを送ってきた。ここでは過去4監督の時代に分けながら、楽天の球団史を辿る。今回は2代目監督の野村克也編。

 実績十分の野村を監督に迎えた創設2年目。すでにロッテや西武での実績を持つホセ・フェルナンデスや、こちらも前年ロッテで打率3割をクリアしたリック・ショートらを獲得し、最下位脱出を目標に掲げた。

 しかし、頼みの岩隈久志が右肩の故障で出遅れると、復帰が8月中旬までずれ込み、この年はわずかに1勝止まり。代わって開幕投手を任された一場靖弘も開幕5連敗を喫するなど7勝14敗と大きく負け越し、期待に見合う働きができなかった。

 チーム防御率はまたもリーグワーストの4.30。これにはバッテリー中心の野球を標榜する野村監督もお手上げ状態で、47勝85敗4分の成績で2年連続の最下位に終わった。

 しかし打撃陣では、フェルナンデスが打率.302、28本塁打、88打点と活躍し、球団初のベストナインに選出。リックも打率.314をマークし、両助っ人は期待通りの働きを見せた。さらに、中日からトレードで加入した鉄平が1番に定着し打率.303をマークするなど、得点力は大幅にアップした。

 オフには、ドラフトの目玉であった駒大苫小牧の田中将大を4球団競合の末、獲得。将来のエース候補の加入は、この年一番の収穫だった。

 2007年は、その田中がいきなり活躍。4月18日のソフトバンク戦でプロ初勝利を完投で手にすると、中日との交流戦で初完封。さらに松坂大輔以来となる高卒1年目でのオールスター出場を果たすなど、11勝7敗、防御率3.82の成績で新人王に輝いた。

 野手では山崎武司が43本塁打、108打点でリーグ2冠王に。さらにリックが.330の高打率を残すと、前年に29歳でプロ入りした2年目の草野大輔も.320のハイアベレージを残し、野村監督から「天才的な打撃」と賞賛された。この年は打撃陣の働きもあり、ついに最下位脱出。借金8の4位でシーズンを終えた。

 2008年は岩隈が完全復活。序盤戦から白星を量産すると、6月中旬に早くも10勝をクリア。その後も驚異的なスピードで勝利を重ね、終わってみれば21勝4敗、防御率1.87の好成績を残し、投手タイトルを総なめした。打つ方では、優良助っ人のリックが打率.332で球団初の首位打者を獲得。チームは65勝76敗3分で前年の4位から5位に順位を落としたが、投打の柱それぞれタイトルを獲得した。

 そして2009年、野村体制の集大成を迎える。開幕から先発三本柱として快調に白星を重ねた岩隈(13勝)、田中(15勝)、永井(13勝)の三人が揃って二桁勝利をクリア。打撃陣でも移籍3年目の鉄平が打率.327で首位打者に輝き一気にブレークした。

 そしてチームも、初のAクラス(2位)入りを果たしCS進出。ファーストステージではソフトバンクを2連勝で下し、本拠地のファンを熱くした。ファイナルステージではリーグ1位の日本ハムに敗れたが、最終戦後には敵地にも関わらず野村監督の胴上げが行われ、指揮官の功績を称えた。

 野村政権の4年間では岩隈、田中の2枚看板が投手陣を支え、07年加入した嶋基宏も正捕手としての礎を築いた。また、ベテランの山崎が再び本塁打を量産するなど、多くの選手が指揮官の指導により新たな可能性を示した。

【チームデータ】
●チーム成績
2006年:6位(47勝85敗4分)
2007年:4位(67勝75敗2分)
2008年:5位(65勝76敗3分)
2009年:2位(77勝66敗1分)
●主要個人タイトル
2006年:なし
2007年:山崎(本塁打王・打点王)、田中(新人王)
2008年:岩隈(最多勝・最優秀防御率・リーグMVP・沢村賞)、リック(首位打者)
2009年:鉄平(首位打者)
●球場名
2006~07年:フルキャストスタジアム宮城(略称:フルスタ宮城)
2008~09年:クリネックススタジアム宮城(略称:Kスタ宮城)
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