◆ 狂ってしまった歯車と、焦燥の2カ月半
「今年はすごく楽しみなんです」。勝負の年と位置づけた3年目のシーズン。オフシーズンに課題をクリアしてきた分だけ、井上絢登は歯がゆい時間を過ごしてきた。筋量を増やしつつ身体は絞る。キレを出すための肉体改造も完了させた。 周囲の期待も、本人の並々ならぬ決意も、その瞬間に一度ストップせざるを得なかった。
それはキャンプ前半に見舞われた、右脇腹の肉離れ 。完治まで「2カ月半くらいかかっちゃいました」という大怪我は 、一軍定着を狙う若武者にとって手痛すぎる出遅れとなった 。
鈴木尚典二軍打撃コーチも、井上の心中を察していた。
「いきなりキャンプの最初に、右脇腹の肉離れっていうのはね…。ほんとにスタートとしてすぐにつまずいちゃってね」
コーチも残念がる不測の事態。実戦に復帰したのはファームが開幕して半月ほど経過した3月28日。長いリハビリ期間中、井上は焦る気持ちを抑えながら、己の肉体と、そして今季のバッティングの方向性とじっくりと向き合い続けていた。
◆ 守備の負担軽減がもたらした、スイングの進化
戦線復帰後、イースタン・リーグの打席に立つ井上からは、代名詞であるフルスイングが戻っている。村田修一・二軍監督は「守備の負担軽減」も、井上の打撃向上の一つの要因との見立てを示している。プロ入りして2年間、チームの事情もあり内野と外野の両方で起用されてきた。しかし今年は外野に専念の意向となったことで「外野に集中することによって守備への負担がやっぱりなくなっているのでね。外野も内野もやることって、多分きつかったと思いますよね」と指揮官はその効果を説く。
「いいスイングしてますし、得点圏でもしっかり内容を残してくれるんで。だいぶ良くなってきてると思います」
本人は「この間は秋田でファーストやった時、3安打打てましたし。どこでも言われたら守る準備はやっています。そこは継続して頑張りたいなと思います」と 、マルチに守れる姿勢を頼もしくアピールするが、外野に軸足を置くことで打撃に割けることは紛れもない事実だろう。
「打撃なら上で全然通用すると思いますよ」。スラッガーで鳴らした男・村田の目にも、井上の打球の力強さは、一軍レベルと映っている。

◆ 引き出しから長打へ
現在、一軍は長打力不足という明確な泣き所を抱えている。得点力不足を解消するためのピースとして、井上にかかる期待は大きい。
本人もチーム事情と自身のストロングポイントを加味し、アプローチの変化に着手している。
今シーズンは確実性を求め、打撃の引き出しをオフから増やしてきた。しかしファームの戦いの中で、自分の生きる道、そして一軍に求められている役割を再認識。
確実性を上げるためのスイングやタイミング。「それは引き出しには入っています。でも今はやっぱり長打を打てるように最近はやっています。もう1回戻ってやっている感じですね」。
もちろん 打率を意識して取り組んだ経験は無駄にはなっていない。「率は勝手に残るようにはなってきてるんで」と本人が言う通り 、確実性のベースができたからこそ、迷いなく長打へのシフトチェンジが可能となった。 「5月終わり前くらいから、長打を打たないと1軍に上がれないのかなっていうイメージがあって。長打を打つことに今、取り組んでます」。
それにつれ打球の力強さは増してきている。フェンス直撃の長打や、単打でもライナー性が目に着くようになってきた。「自分の中ではスイングも仕上がってきています。結構状態は今、1番いいぐらいの感じはあるんで」という言葉には 、確かな手応えが滲む。
◆ 名コーチが突きつける「一軍と二軍の差」
鈴木尚典コーチも井上の復調を頼もしそうに見つめている。
「率に関してはそれなりに残せてはいるけど、やっぱり彼の長所は長打。いつ爆発してもおかしくない状態ではいるんですけどね」と現在3割弱の打率にフォーカスする一方で、元首位打者は一軍でレギュラーを掴み取るための“長打を打つ課題”を鋭く指摘する。
「もう少し細かなところなんです。打つべき球を待つ選球眼とか、その見極めの精度が少し上がったら、自然にホームランも出てくると思うんすけど。まだ手を出しちゃいけない球とかも、手を出しちゃったりする時があるから。それがもったいないなっていうか…。基本、やっぱ打ちたがりだから。全部打ちに行っちゃうからね。そこの見極め、目付けのレベルを上げれたら、ガラッと変わってくると思います」。
パワーと技術は一軍クラス。あとは打つべきボールを見極め、しかも一球で仕留めきれるか 。その課題に向け 「自分の準備をしっかりするだけかなと思ってます」と静かに闘志を燃やす井上絢登 。
春先の苦しみを乗り越え、ファームで牙を研ぎ続ける若き大砲。一軍で必要とされる戦力となるため、昨年2試合連続アーチをかけた“宇宙パワー”を越えた“スーパー宇宙パワー”へと進化を遂げていく。
取材・文/萩原孝弘