メジャーで両投げを披露した投手は過去にひとりだけ
テキサス・レンジャーズのダルビッシュ有が、練習中に左投げでキャッチボールしている映像を見たことがあるだろうか? 利き腕と逆でも約80メートルを軽々と放り、カーブやスライダーも投げるという。体の左側を使って全体のバランスを整える目的で、練習の中に取り入れているとも言われているが、そのダルビッシュのセンスには驚愕するばかりだ。
さすがのダルビッシュでも実戦で左投げを披露したことはないが、両投げの投手、スイッチピッチャーは存在する。
日本のプロ野球では1987年ドラフト外で南海に入団した近田豊年が、史上唯一のスイッチピッチャー。右投げの時はアンダースロー、左投げではオーバースローだった近田は大きく注目されたものの、公式戦登板は1試合に終わった。その登板では左投げのみでプレーしたため、公式戦の中で両投げを見せることはできなかった。
1900年以降、いわゆる近代メジャーでも左右両腕で投げた投手はひとりしかいない。
81年から95年まで計8球団でプレーしたグレッグ・ハリスがその人。もともと右投手だったハリスだが、左腕でも投げることができた。両腕で投げる機会はなかなかやってこなかったが、95年9月28日の対シンシナティ・レッズ戦でその時はきた。
左右両方にはめることができる6本指のグラブをはめて登板したハリスは、右打者のサンダースに対し右腕で投げた後、続くふたりの左打者には左腕で投球した。その次には再び右打者のブーンを迎えたため、ハリスは右投げに戻し、無失点で登板を終えた。これが、近代メジャーにおける唯一のスイッチピッチャー登板記録である。
スイッチヒッター対スイッチピッチャーで起こった珍事
ハリス以降、長い間スイッチピッチャーは現れなかったが、2008年のドラフト20巡目でニューヨーク・ヤンキースに指名されたパット・ベンディットがスイッチピッチャーとして注目を集めている。
幼いころから両手を器用に使えたといわれているベンディットは、大学で6本指のグラブを使いスイッチピッチャーとして活躍した。右ではオーバースローで投げ、縦に割れるカーブが武器。左ではサイドスローからのスライダーが主な武器だ。
ベンディットが注目されたのは、ヤンキースに入団した直後、A-級スタテンアイランド・ヤンキースでのデビュー戦だった。その試合で、ベンディットはスイッチヒッターのエンリケスと対戦し、スイッチピッチャー対スイッチヒッターという非常に珍しい対決が実現した。
ただ、ここで問題が起こった。左腕で投げる準備をしていたベンディットに対し、エンリケスは当然右打席に入る。それを見たベンディットが右投げに変えると、エンリケスは左打席に入りなおした。
このやりとりがしばらく続き、ベンディットがエンリケスに1球投げるまでに5分近くかかってしまったのだ。観客は盛り上がったが、審判団は業を煮やし、まず打者のエンリケスが打席に入るように指示した。右対右の対決となり、ベンディットが三振を奪った。
もともと、打席と投球する腕の選択で投手と打者のどちらが優先するかというルールがなかったために起こった珍事だが、この出来事をきっかけに「先に投手がどちらの腕で投げるか示さなければならない」と公式にルールが定められることとなった。日本でも、2010年の公認野球規則にこのルールが追加されている。
昨季まで、ベンディットはメジャー昇格を果たしておらず、このオフにオークランド・アスレチックスとマイナー契約を結んだ。ハリスから20年。スイッチピッチャーは再びメジャーのマウンドで見られることができるだろうか。
文=京都純典(みやこ・すみのり)