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開花した「打者・雄平」 その裏にある「投手・高井」の失敗

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打者としての才能が一気に開花した、ヤクルト・雄平 © KYODO NEWS IMAGES
 ヤクルトの雄平が25日、広島との20回戦で節目の20本塁打に到達した。今季は開幕から好調な打線を支え、打率もリーグ7位の.312をマーク。打点も同6位の76(ともに24日時点)と、打者転向5年目で一気に才能が開花した。

 東北高時代は高校ナンバー1左腕と騒がれ、メジャー球団からも注目された。しかし、制球難が改善せず投手としては7年間で18勝止まり。そして09年オフから打者転向を決意し、11年からは登録名を「高井雄平」から「雄平」に変更。心機一転、新たな野球人生を歩み出した。

 転向当初はブランクもあり、当てるだけの打撃が目立った。元々、身体能力には恵まれていたこともあり“走り打ち”での内野安打も多く、すでに8年目ということもあり、何よりも結果が欲しかった。だが、そこから当時の真中二軍コーチ(のちに監督)と打撃の基礎から見つめ直し、現在の重心の低いフルスイングを作り上げた。

 転向1年目の2010年に話を聞いたことがある。「外野を守っていて、やはりプロの投手はコントロールがいいなと改めて思った」と笑っていた。さらに「一軍にも制球に苦しむ投手はいるし『自分が投手の立場だったら』と考えると、狙い球も絞りやすいんですよ」と続け、投手経験が打撃に活かされてると教えてくれた。

 それを裏付けるように、今季はストレート打率が168打数50安打で.298なのに対し、変化球は341打数109安打で.320。ストレート、変化球ともに高いアベレージを残しており、球種に関係なく強く振れるということが雄平の強みだ。

 当時「糸井選手のようになれるのでは?」の問いに「偉大過ぎてイメージが湧きません」と謙遜していた雄平。あれから5年、今度は自身が目標とされる立場になった。その飛躍の根底には「投手・高井」の苦い経験がある。
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