今季限りで監督退任を発表していた楽天・星野仙一監督の退任セレモニーが7日、オリックス戦の試合後に行われ、コボスタ宮城に訪れたファンへ別れを告げた。
今季はエース・田中将大(現ヤンキース)が大リーグに移籍したこともありチームは低迷。星野監督自身も5月26日から胸椎黄色靭帯骨化症と椎間板ヘルニアの手術を受けるため、7月24日まで休養した。復帰後は、松井裕樹など若手選手を積極的に起用し、来季に向けて若返りを図っていた。
星野監督は中日監督時代に2度、阪神監督時代に1度リーグ優勝に導き、2011年から楽天の監督を務め、3年目の昨季は、球団史上初となるリーグ優勝、日本一に導いた。
「素晴らしいセレモニー。昨年を思い出します。重苦しい、苦しい、悲しいシーズンでした。でも、最後まで本当に見届けてくれまして感謝します。
思い起こせば、4年前。大震災から私が就任しました。どうなるのやらと、本当になんというか、悲しいスタートでした。でも、選手らとともに東北の人たちをなんとか喜ばせよう。少しでも和まそう。そういう思いでスタートした1年でした。勝負というのは、本当に残酷です。昨年の皆さんから、選手から、何度も何度も宙を舞ったあのシーンを思い出します。あのまま、本当に時計が止まってほしいと思ったくらい嬉しいあの瞬間でした。まさに、今年と昨年は天国と地獄です。歓喜の後には悪魔が常に寄り添っている。人生ってそんなもんだなあ。そんな思いで、この1年間を過ごしました。
最大の責任は、私が長期にわたり、皆さんの前から消えたことです。痛切に責任を感じております。このままでは皆さんを喜ばせられない。そういう思いで今日限りでユニフォームを脱がしていただきます。本当に4年間短いようで、私にとっては非常に長く感じました。特に1年目は、皆さんとともに、苦しみ、励ましあい何とか生き抜こう。そういう思いで、東北のみなさんとともに戦って参りました。皆さんを忘れてはいけません。あの悔しさ、悲しさ。我々もいつまでも、勝負の世界というものは、悲しさやそういうものが入り混じっていきます。
ただ今年、こういう結果になりまして、選手たちがまた、皆さんとともに夢を追いかける。目標に向かって前に進む。こういうことが、できました。中途半端に4位、5位じゃ面白くないと。思い切って最下位からまた、皆さんを喜ばせようと。そんな選手になってもらいたい。ようやく、スタンドの皆さんから激しい野次が飛び出しました。私はこれが一番嬉しい。やはり、皆さんが選手を育てる、チームを強くする。その責任を皆さんにもありますよ。多いに悪いことは悪い。良いプレーをしたら褒めてやる。そういう思いで選手を見つめてあげてください。
最後に、選手諸君、コーチの皆さんこの4年間ありがとう。裏方さんにも、本当にありがとう。社員の皆さん、こんな素晴らしい最後にセレモニーをしてくださいまして、ありがとうございました。イーグルスの監督になって本当によかった。最高に幸せな野球人生を送らせていただきました。また遠くから皆さんとともに彼らの目標をしっかりと応援してやりましょう。本当に皆さんありがとう」
【歴代監督通算勝利数】
1181勝1043敗53分 勝率.531 (歴代10位)
【年度別監督成績】
<中日>
1987年 2位 68勝51敗11分 勝率.571
1988年 1位 79勝46敗5分 勝率.632 ☆
1989年 3位 68勝59敗3分 勝率.535
1990年 4位 62勝68敗1分 勝率.477
1991年 2位 71勝59敗1分 勝率.546
1996年 2位 72勝58敗0分 勝率.554
1997年 6位 59勝76敗1分 勝率.437
1998年 2位 75勝60敗1分 勝率.556
1999年 1位 81勝54敗0分 勝率.600 ☆
2000年 2位 69勝63敗0分 勝率.523
2001年 5位 62勝74敗4分 勝率.456
<阪神>
2002年 4位 66勝70敗4分 勝率.485
2003年 1位 87勝51敗2分 勝率.630 ☆
<楽天>
2011年 5位 66勝71敗7分 勝率.482
2012年 4位 67勝67敗10分 勝率.500
2013年 1位 82勝59敗3分 勝率.582 ☆★
2014年 6位 47勝57敗0分 勝率.452
☆はリーグ優勝、★は日本一
今季はエース・田中将大(現ヤンキース)が大リーグに移籍したこともありチームは低迷。星野監督自身も5月26日から胸椎黄色靭帯骨化症と椎間板ヘルニアの手術を受けるため、7月24日まで休養した。復帰後は、松井裕樹など若手選手を積極的に起用し、来季に向けて若返りを図っていた。
星野監督は中日監督時代に2度、阪神監督時代に1度リーグ優勝に導き、2011年から楽天の監督を務め、3年目の昨季は、球団史上初となるリーグ優勝、日本一に導いた。
星野仙一監督退任セレモニー全文
思い起こせば、4年前。大震災から私が就任しました。どうなるのやらと、本当になんというか、悲しいスタートでした。でも、選手らとともに東北の人たちをなんとか喜ばせよう。少しでも和まそう。そういう思いでスタートした1年でした。勝負というのは、本当に残酷です。昨年の皆さんから、選手から、何度も何度も宙を舞ったあのシーンを思い出します。あのまま、本当に時計が止まってほしいと思ったくらい嬉しいあの瞬間でした。まさに、今年と昨年は天国と地獄です。歓喜の後には悪魔が常に寄り添っている。人生ってそんなもんだなあ。そんな思いで、この1年間を過ごしました。
最大の責任は、私が長期にわたり、皆さんの前から消えたことです。痛切に責任を感じております。このままでは皆さんを喜ばせられない。そういう思いで今日限りでユニフォームを脱がしていただきます。本当に4年間短いようで、私にとっては非常に長く感じました。特に1年目は、皆さんとともに、苦しみ、励ましあい何とか生き抜こう。そういう思いで、東北のみなさんとともに戦って参りました。皆さんを忘れてはいけません。あの悔しさ、悲しさ。我々もいつまでも、勝負の世界というものは、悲しさやそういうものが入り混じっていきます。
ただ今年、こういう結果になりまして、選手たちがまた、皆さんとともに夢を追いかける。目標に向かって前に進む。こういうことが、できました。中途半端に4位、5位じゃ面白くないと。思い切って最下位からまた、皆さんを喜ばせようと。そんな選手になってもらいたい。ようやく、スタンドの皆さんから激しい野次が飛び出しました。私はこれが一番嬉しい。やはり、皆さんが選手を育てる、チームを強くする。その責任を皆さんにもありますよ。多いに悪いことは悪い。良いプレーをしたら褒めてやる。そういう思いで選手を見つめてあげてください。
最後に、選手諸君、コーチの皆さんこの4年間ありがとう。裏方さんにも、本当にありがとう。社員の皆さん、こんな素晴らしい最後にセレモニーをしてくださいまして、ありがとうございました。イーグルスの監督になって本当によかった。最高に幸せな野球人生を送らせていただきました。また遠くから皆さんとともに彼らの目標をしっかりと応援してやりましょう。本当に皆さんありがとう」
【歴代監督通算勝利数】
1181勝1043敗53分 勝率.531 (歴代10位)
【年度別監督成績】
<中日>
1987年 2位 68勝51敗11分 勝率.571
1988年 1位 79勝46敗5分 勝率.632 ☆
1989年 3位 68勝59敗3分 勝率.535
1990年 4位 62勝68敗1分 勝率.477
1991年 2位 71勝59敗1分 勝率.546
1996年 2位 72勝58敗0分 勝率.554
1997年 6位 59勝76敗1分 勝率.437
1998年 2位 75勝60敗1分 勝率.556
1999年 1位 81勝54敗0分 勝率.600 ☆
2000年 2位 69勝63敗0分 勝率.523
2001年 5位 62勝74敗4分 勝率.456
<阪神>
2002年 4位 66勝70敗4分 勝率.485
2003年 1位 87勝51敗2分 勝率.630 ☆
<楽天>
2011年 5位 66勝71敗7分 勝率.482
2012年 4位 67勝67敗10分 勝率.500
2013年 1位 82勝59敗3分 勝率.582 ☆★
2014年 6位 47勝57敗0分 勝率.452
☆はリーグ優勝、★は日本一