代打の切り札として活躍
リングに…いや、グラウンドに稲妻が走った。
6月25日、西武プリンスドームで行われた西武-ロッテ戦。8回裏、2点ビハインドの西武は先頭の栗山巧が四球で出塁すると、鬼崎裕司がライト前ヒットを放つ。続く8番・山川穂高の代打、渡辺直人が犠打で送り、1死2、3塁となった。
そこでバッターボックスに登場したのは、プロ14年目の35歳・上本達之。2ストライクと追い込まれながらも、ファールで粘ると、6球目、上本の打球はセンター前へ。栗山と鬼崎が生還し、同点に追いついた。
試合はその後、延長10回に坂田遼が決勝打を放ち、西武は劇的サヨナラ勝利を収めた。
翌26日も、この男のバットが唸った。
3点を追う6回、浅村栄斗、栗山の連続安打などで、1点を返した西武。2死3塁。前日に続き、代打で登場したのは上本だった。
ロッテ・スタンリッジの投じた147キロのストレートは1、2塁間を抜けて、ライト前へ。三走の栗山が生還して、1点差に詰め寄った。
結局、試合は4-10で敗れたが、前夜に続き、上本が気を吐いた。
「後がないので」。上本はいつもがむしゃらだ。「自分がやっていることが良い方向にでたかな」と振り返り、ヒーローインタビューでは「感無量です」と喜びを爆発させた。
“弟分”たちへ見せた気遣い
しかし、話はここでは終わらない。
「ゴロ打てよ」。6月26日、試合前の練習で上本が、そっと声をかけているのを耳にした。その相手は、永江恭平だ。
この日、5月15日以来となる先発起用された永江は、23試合、12打席目にして今季初安打を放つと、3安打1打点の活躍を見せた。
上本にとって永江は、共にオフの自主トレを行う可愛い後輩。「ずっと空振りばっかりだったので、『ゴロで何とか塁に出ろ』って言ったんですよ」と明かした。さらに、「あいつがスタメンに定着するとチームが安定するんです」と続ける。西武の失策数61は12球団ワースト。守備に定評のある永江の台頭は西武が上位に浮上するために、必要不可欠な要素となるのだ。「今日(6月26日)も何個かありましたけど、絶対にアウトにしてくれる。やっぱりあいつの所に打たせたくなりますよね」と、後輩の成長とチームの成長を考えている。
「いやぁ、それにしてもいきなり3本も。『打ちすぎやろ(笑)』って言っときました」と笑いながらも、“弟分”の活躍に心底嬉しそうな表情をのぞかせた。
それだけではない。
「岡ちゃん(岡田)は今日、こういう展開ですごくしんどいだろうなと思ったので、軽く声はかけました」。
6月25日の試合、この日スタメンマスクをかぶっていたのは、プロ3年目の26歳・岡田雅利。試合を通して16本の安打を放たれた上、2度のリプレー検証など、荒れ模様の試合展開で、岡田の表情は曇っていた。
「僕にしても、(炭谷)銀仁朗にしても、ぶち壊した試合なんて、いくらでもある。その中で見えてくるものもあるし、その中で頑張ろう」と。同じポジションを争うライバルではあるが、「岡ちゃんより長くやらしてもらってるので、多少フォローになれば」と気遣った。
上本は言う。「自分のことでいっぱいいっぱいで、人のことどうこう言える状況ではない」。
しかし、周りはそうは思っていない。岡田は、「きのう(6月25日)だけじゃなく、いつも声かけてくれるんですよ。アドバイスとか。良い“兄貴”っていう感じです」と話す。
チーム最年長のベテラン、泥臭く、がむしゃらに
チーム最年長ながら、普段はいじられキャラで、ムードメーカー。しかし、ここぞという時に力を発揮する仕事人、そして、後輩たちの安定剤としても、欠かせない存在になっている。低迷するチームには、この男が必要だ。
「崖っぷち。1日でも、1年でも長く野球ができるように」…。西武一筋14年、35歳のベテランは、グラウンドという“リング”で戦っている。勝利に向かって、泥臭く、がむしゃらに。