シーズン62セーブという快記録
メジャーで「セーブ王」といえば、誰の名前が浮かぶだろうか――。
中でも鮮烈な印象を残した投手というと、歴代最多の通算652セーブを誇るヤンキースの守護神マリアノ・リベラや、84試合連続セーブ成功記録を持つドジャースのエリック・ガニエといったところが挙がる。
彼らは前人未到の記録を打ち立て、自チームのファンには歓喜を、相手チームのファンには絶望をもたらした。
しかし、シーズン最多セーブ記録の保持者は彼らではない。
2008年、年間で62個のセーブを挙げて最多記録を樹立したのが、エンゼルスのフランシスコ・ロドリゲス。人呼んで“K-ロッド”である。
それまでのシーズン最多記録は、1990年にボビー・シグペンが記録した57セーブ。それを5つも上回る大記録であった。
それにしても、62セーブとは驚異的な数字だ。日本プロ野球のシーズン記録は、2005年の中日・岩瀬仁紀(146試合制/60登板)と2007年の阪神・藤川球児(144試合制/71登板)が記録した47セーブ。試合数がそれぞれ違うとはいえ、そのすごさはご理解いただけるだろう。
セーブのメジャー記録とそのスゴさをお分かりいただいたところで、本日の本題。2016年のメジャーリーグで、その「62セーブ」という大記録に迫る投手が現れたのだ。
這い上がって掴んだ守護神の称号
その投手の名はへウリス・ファミリア。ナ・リーグ東地区で2位につけるメッツの守護神である。
オールスターまでのいわゆる前半戦、ファミリアは43試合に登板して31セーブを荒稼ぎ。2勝1敗31セーブ、防御率2.55という堂々たる成績を残した。
ちなみに、チームが前半戦で挙げた勝利が47勝。31セーブということは、その66%にあたる31勝に絡んでいるということを意味する。まさに“勝利への使者”となっているのだ。
ファミリアは、ドミニカ共和国出身の26歳。2007年にメッツと契約した当時は、まだ17歳という若さであった。
プロ入りから5年、2012年にメジャー初昇格を果たすと、2014年にセットアッパーとして大ブレイク。76試合に登板して2勝5敗、23ホールド、防御率2.21というフル回転でチームを支えた。
そして2015年。ようやく現在の“クローザー”という地位を手にすることになる。本来抑えを務める予定であったヘンリー・メヒアが禁止薬物問題に引っかかり、出場停止の処分が決定。そこでファミリアに白羽の矢が立った。
ファミリアはクローザー未経験ながらも、76試合の登板で43セーブをマーク。防御率は1.85と前年よりも安定感の増した投球でチームをリーグチャンピオンへと導いてみせた。
あの名クローザーと似たあゆみ
17歳の時、「150キロの豪速球が投げられる」という原石だった男は、そこから5年かけてメジャーへと這い上がり、9年かけて“守護神”というポジションを不動のものにしようとしている。
スカウトの目に留まったスピードは最速161キロまで伸び、平均でも156キロを計測。さらに140キロ台で曲がる高速スライダーに、150キロのスプリットで打者を料理していく。持ち味を存分に発揮した投球で、ここまでのセーブ成功率は100%を誇っている。
ファミリアのあゆみを振り返ってみると、気になる点がある。守護神になるまでの経緯が、どことなくあのリベラに似ているのだ。
リベラは1990年にヤンキースと契約。しかし、メジャーデビューを果たしたのは1995年のこと。抑えを任されるようになったのは1997年のことだった。
入団から7年かけてようやく守護神の座を射止めると、そこから17年間ずっと安定した成績を続け、通算652セーブという金字塔を打ち立てたのだ。
セーブは、一人の力だけでは稼げない。先発投手がゲームを作り、中継ぎ陣がそのバトンを繋いで、そして抑えが締める。それも最終回までに攻撃陣が点を取ってくれなければ意味がなく、なおかつそのリードも3点以内でなければならない。
これからプレッシャーの掛かる終盤戦へと向かっていく中、ファミリアはどこまでセーブ数を伸ばすことができるのか。後半戦のメジャーリーグを見ていくうえで、楽しみなポイントのひとつとなる。