コラム

松坂大輔 リベンジの時とは?

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昨季までメッツでプレーしていた松坂大輔[Getty Images]
Arizona Diamondbacks v New York Mets - Game Two

元怪物、福岡へ。えっ?なんで?


 松坂大輔のソフトバンク入団には、肩すかしを食らった気分だった。古巣の西武ライオンズでもなく、高校時代を過ごした横浜DeNAでもない。正直、意外だった。そこに何のドラマ性もないからだ。愛するワイフの実家が九州?プロである以上は条件重視?そらそうよ。確かにマネーは大事さ。けど、男たちは時にプロ野球とお姉ちゃんに金以外の何かを見たくなる。

 全盛期の松坂はその圧倒的な実力はもちろん、常に観客に入場料以上の喜びを与えてくれた選手だった。いまだ語り継がれる98年夏の甲子園決勝戦でのノーヒットノーラン。プロデビュー戦で投げた155キロの炎のストレート。イチローや中村紀洋との名勝負の数々。そして、レッドソックスとの総額1億ドル(約120億円)以上の大型契約から懐かしのジャイロボール論争まで。あの頃のDICE-Kは、いつだって派手で過剰な男だった。

 「過剰」さとはいわば「ストーリー性」とも言い換えられる。ウン十億円のメジャー契約を捨て、広島に復帰した黒田博樹の過剰なカープ愛を広島ファンは熱烈歓迎。対照的に、松坂の場合はプロ17年目の再出発の地としてあっさり福岡を選択。ホークスファンでさえ軽く困惑気味。3年総額12億円とも報道された複数年契約にはファンの間でも賛否両論が渦巻き、そんな雰囲気を察知したソフトバンク王貞治会長は「10人中8人は反対なのですが、私は絶対にやってくれると思います」とテレビ番組でフォローした。

 WBCで2大会連続のMVPに輝き、日本のエースと称されたDICE-Kも11年6月に右肘のトミー・ジョン手術を受け、長期リハビリ生活を経験。昨シーズンはNYメッツで先発だけでなく、リリーフとしても25試合に登板している。野球界の時の流れは早い。気が付けば「松坂世代」が甲子園を席巻してから15年以上の歳月が経過した。覚えてる?俺らの20世紀ノスタルジア。ちなみに99年の流行語大賞は「雑草魂」「ブッチホン」、そしてルーキー時代の松坂が口にした「リベンジ」だ。まさに過剰なる決め台詞。最近の日本球界に、試合後談話として真顔でリベンジしますなんて言う、少年ジャンプのヒーローのような18歳はいない。

 2015年、34歳になった松坂大輔は一体誰に「リベンジ」するのだろうか?たぶん、今の自分に対して懐疑的な目を向けている、我々すべてにだと思う。

文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)
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