コラム 2015.07.19. 11:00

西武・秋山のように記録に挑んだ猛者は誰? 90年代連続試合安打上位者ランキング

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ハイペースでヒットを放ち続ける西武の秋山[BASEBALLKING]
秋山翔吾,

高橋慶彦の33試合連続まであと一歩だった秋山 1990年代にも意外な選手が記録に迫っていた


 今季、好調な打撃を維持し続けている秋山翔吾(西武)が、高橋慶彦(元広島ほか)の持つ33試合連続安打に肉薄したが、わずかに届かず。31試合で途切れた。大変残念だったが、誰かが迫らないとなかなか注目されないこの記録。果たして1990年代にはどのような選手が新記録にアプローチしていたのだろうか? ベスト3を記録に近い順にカウントダウン方式で紹介していこう。


1年だけ神がかりな打棒を見せた佐藤真一 大豊泰昭はようやくスタメン起用されたシーズン終盤に爆発


 まず、第3位は1999年に佐藤真一(ヤクルト)が記録した25試合連続安打だ。これは、ヤクルトの球団記録となっている。1993年からダイエーでプロのキャリアをスタートさせた佐藤だが、4年目にヤクルトに移籍し、さらに3年が過ぎたこの年。バルセロナ五輪代表で活躍した打棒はプロでは発揮できず、強肩好守の選手になりつつあるところで、急に打撃が開眼。シーズン後半から3番打者として定着しての達成だった。

 続いて第2位は大豊泰昭(阪神)が1999年に記録した26試合連続だ(今年1月に急性骨髄性白血病で死去)。大豊といえば一度打ち始めると止まらなくなり、スランプになると長く低迷するイメージあるが、この記録はまさにそんな一面を示している。

 1999年の阪神のファーストはジョンソンという外人がシーズン前半は絶好調で、野村克也新監督を迎えて開幕直後は大躍進を果たし、ちょっとした虎フィーバーになっていた。だが、6月頃から失速し出すと、結局、定位置の最下位争いに逆戻り。ジョンソンもオールスター明けからまったく打てなくなってしまった。そこで、8月下旬に2試合連続で代打本塁打を放った大豊にチャンスが回ってきたのだ。翌日からスタメン起用されると、その打棒は爆発し続け、ついには「神様」バースが保持していた球団記録の25試合を追い抜くに至った。


1990年代の第1位は意外にもパワーヒッターのブラッグス そして、伝説のあの人も実はとんでもない数字を残していた!?


 そして第1位は、1993年にブラッグス(横浜)が達成した29試合連続だった。強靭な肉体と暴れ馬のような風貌で、ボールが可哀想になるほどバットで「グシャ!」と叩き潰す強打の現役メジャーリーガーだったが、その印象からすると少し意外な記録を残していた。

 実はこの記録は、いくつかの逸話が残っている。まず、連続試合安打を継続中だった6月27日の中日戦のこと。第1打席で津野浩の死球を受けたブラッグスは激高して大暴れ。乱闘なった末に、退場処分となってしまった。普通に考えれば安打は「0」で記録が途絶えると思われたが、公認野球規則において全打席四死球だった場合、連続試合記録は継続されることになっていて命拾い。次の試合から、また打ち続けて29試合に到達した。しかし、今度は前の試合終了後に階段で転んでケガをしていた右手小指が骨折だったことが判明。治療のため、戦線離脱となったのは残念だった。

 これでひと通り紹介したのだが、今回は特別賞がひとり。それは、もはや生きるレジェンドとなりつつあるイチロー(マーリンズ)だ。オリックス時代に残したイチローの連続試合安打数は、シーズン最多安打記録を塗り替えて大フィーバーとなった1994年の23が最高となっている。この数字自体は特筆するものではない。

 ところが、実はすごいのだ。なんと、イチローはこの23試合連続安打を、この年2度も記録していたのだ。しかも、最初の23試合が途絶えた1試合を挟んで、次の試合から再び12試合連続安打。さらに、また1試合挟んで2度目の23試合連続を達成している。タコだった2試合のどちらかでヒットを打っていれば、計算上35試合連続安打で日本記録を樹立していただけに、実に惜しい。

 とはいえ、「タラレバ」がご法度なのが野球でもある。毎試合ヒットを打ち続けることはそれだけ難しいということだろう。

文=キビタキビオ(きびた・きびお)
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