東京ドームのお立ち台には、真っ黒に日焼けした背番号52が上がっていた。
隠善智也、31歳。下世話な見方をすると、この日一緒にヒーローインタビューを受けた村田修一は推定年俸3億円、片岡治大は9500万円。隠善は推定年俸1000万円ちょうどである。
広島国際学院大から06年巨人軍育成ドラフト入団の苦労人。左打ちのシュアな打撃を武器に2年目の08年3月に支配下登録を勝ち取ると、2011年には二軍で打率.325を記録、翌12年は打率.327でイースタン首位打者を獲得した。毎年二軍で3割近いアベレージを残しながらも、一軍にたまに呼ばれても結果を残せず、すぐジャイアンツ球場に逆戻り。そうこうしている内に、気付いたらいい歳だ。
自分より若い選手も増え、年々減るチャンス。それでも2015年は開幕から打撃好調を維持しイースタン第5位の打率.296をマーク。8月28日にようやく今季初の一軍昇格を果たすと、19歳のドラ1ルーキー岡本和真がテレビカメラに追われるのを横目にじっとチャンスを待った。スポーツニュースは「期待の若手」は取り上げても、「三十路の二軍の主力」にはほとんど触れちゃくれない。
そして迎えた30日の中日戦、2点ビハインドの3回裏二死満塁の場面に代打で登場。隠善は一塁への2点タイムリー内野安打を放ち、今季初打席で初安打・初打点を記録。試合後にはお立ち台にも呼ばれ、逆転優勝を狙うチームの3連勝に大きく貢献した。
隠善はプロ9年間でイースタン通算642試合に出場し、計2053打席に立っている。希望に燃えた10代の選手の実戦経験とは訳が違う。ドラフト上位指名ではなく、身長174センチと体格に恵まれているわけでもない。凄い男だ。いつ来るかも分からないチャンスに備えて、2000打席以上に立ち続けたのだから。
補強が多いとか首脳陣が悪いとか、言い訳をするのは簡単だ。プロ野球は、この世の中と同じく理不尽で、当然チャンスの数は平等じゃない。だが、非エリートの叩き上げ選手は、代打でも代走でも使ってもらえるところで地道に出場機会をモノにしていくしか道はない。
「どんな形にせよ俺は絶対生き残ってやる」
隠善智也のギラついたプレーからはそんな意志が感じられる。
巨人2軍でくすぶる若手選手たちよ。今こそ、背番号52から目を逸らすな。
文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)