「育成の星」と呼ばれた男の今
底冷えのするジャイアンツ球場でその男はプレーしていた。
松本哲也、31歳。右太もも裏炎症でキャンプは出遅れるもイースタン開幕戦では「2番センター」として先発出場し、2戦目にはマルチ安打を記録。「育成の星」と呼ばれた男も気が付けばアラサー選手だ。
06年育成ドラフト3位で巨人から指名されプロ野球選手としてのスタートは三桁の背番号と年俸240万円。168cmという小柄な身体が不安視されるも、07年春に早くも球団の育成選手初の支配下登録。
09年には129試合に出場し打率.293、セ・リーグ新人王を獲得し外野手としてゴールデングラブ賞にも輝いた。契約更改では5倍以上の昇給となる2400万円増の推定3000万円でサイン。過去に巨人で育成入団から一軍に定着できたのは、3億円セットアッパーの山口鉄也とこの松本の二人だけだ。
だが、毎年のように新しい選手が入って来るプロ野球界。1シーズンだけでなく活躍を持続させるのが何より難しい。松本も09年から10年開幕直後の快進撃が終わるとそのキャリアは苦難の連続だった。
10年には同級生の長野久義がドラ1で入団、1年目に新人王、2年目に首位打者と外野の不動のレギュラーとして定着。さらに90年生まれの橋本到や大田泰示といった若い外野手も台頭し、昨年は25歳の立岡宗一郎が「1番センター」として大活躍してみせた。
追い打ちをかけるように今キャンプではドラフト2位ルーキー重信慎之介(早大)が巧みなバットコントロールと超俊足で存在感を発揮。この立岡と重信はともに左打ち外野手で、松本とプレースタイルが丸被り。そうなると当然、監督はより若い選手を使うだろう。一般企業と同じで迷った時の選考基準は年齢である。
悲しいことに、何の職業でも年を取るっていうのは同時にチャンスと出会う確率が減るってことだ。今のジャイアンツ球場にもそういう実力派ベテラン選手が多くいる。控え捕手としてチームを支え続けた実松一成、35歳。キャリア通算371試合登板を誇る中継ぎ職人・香月良太、33歳。内野ならどこでも守れる便利屋・寺内崇幸、32歳。一軍の誰かにアクシデントがあればいつでも代役を務められる男たち。二軍戦とは若手の成長とともに、彼らアラサープレイヤーの生き様を見る場所でもある。
開幕直前の巨人を再び揺るがす野球賭博問題。こんな時だからこそ多くのファンはグラウンド上での嘘のない全力プレーに飢えている。今こそ、球場で松本哲也のダイビングキャッチが見たい。心からそう願う。
文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)